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第41話「世の中はコインが決めている」

 正論くんがマンションの前に到着したと連絡を寄越した。部屋に来て欲しいと返事をして、僕はキッチンへ立つとコーヒーの用意を始めた。

 二、三分後、チャイムが鳴り玄関先へ行ってドアを開けた。数週間ぶりに正論くんと再会ができた。

 「やぁ、思ったより元気そうだね。これ、お土産」

 「ありがとう。上がってよ」と彼を部屋の中へ促した。

 リビングに入るなり、正論くんが広い部屋に住んでるんだねーーと言うのだった。母親と住んでて、その母親が十年前に家を出たとは説明せず、そうなんだよねーーと曖昧に答えた。

 ソファに座ってもらい、僕はキッチンに入ってコーヒーを淹れた。彼が持って来たお土産はケーキだったので、ちょうど良かった。コーヒーとケーキをテーブルに置いて、正論くんの正面に座った。

 「それで何があったの?」

 「実は……」と僕は話を始めた。全てを話すつもりだった。

 絵馬さんのミッションから始まり、これまでの経緯を振り返るように語った。本音は全てを話して聞いて欲しかったからだ。

 「なるほど。それは大変だったね。弓子さんが殺されるなんて、想像もしてなかった」と正論くんはそう言って、コーヒーを一口飲んだ。

 「だから、お願いがあるんだ。弓子さんが殺されたのは僕に責任がある。正論くん、もし良ければ協力して欲しい。犯人探しを!」

 「勿論、協力はするよ。君に頼み事をした僕にも責任はあると思う。でも、闇雲に動いても無駄な時間を過ごすだろう。だったら、犯人の動くのを待つんだ」と正論くんが言う。

 「待つとは?」

 「つまり、間違いなく。今回の件は君が大きく関わってる。弓子さんが亡くなって数日経った、そろそろ犯人は君に接触すると予想できる。仮に犯人が君に接触したとき、君は君で何らかの動きができるだろう。もうひとつ、これは僕の予想だけど犯人は恐らく、君に対して攻撃はしない。弓子さんの殺された状況を考えたら、君に被害がなかった方が不思議だ。無駄な殺しをしなかったと仮定しても、君が風呂に入ってることぐらいわかるだろ。だったら何故、君だけを残して立ち去ったのか。それが今回、一番の謎で犯人の不可解な行動だ。犯人は君の身近な人間で、弓子さんを恨む人間だろう」

 プロファイリングと言うのか、相変わらず正論くんの推理は説得力がある。僕は一人頷いて、彼の言う通りにしようと思った。良かった。やっぱり正論くんを頼りにして、こんなにも的確なアドバイスをもらえた。

 「それと僕からも話があるんだけど。実は鳥居くんが休んでる間、色々とあってね」と正論くんが耳たぶを触りながら言う。耳たぶを触るとき、彼の中で面白いことが起きた証拠だ。

 「僕も気になっていたんだ。仕事を休んでる間、賽銭の奴や絵馬さんの様子はどうだったの?」と僕は訊いた。

 「まず、賽銭の奴だけど。店長が僕に話したこと覚えてる?」と正論くんが忘れていないか確認するように、僕に訊いてきた。

 「えっと確か、一週間経ったら賽銭の奴も勤務態度を改めるとかじゃなかったっけ?」

 「正解。だから、僕は一週間後を楽しみにしてた。店長が言ったことは意味深だったからね。結果、賽銭の奴は人が変わったように勤務態度を改めて真面目に働いてる。女子に対しても話すことをやめて、黙々と仕事をしてるんだ。これってさ、普通に考えたら異常だろ」と正論くんは言う。

 正論くんの話を聞いて、僕も同じように思った。幾らクビになるのが嫌でもそこまで変わるか!?

 「なぁ、鳥居くん。店長は一週間後って言ったよな。これって一週間は掛かるって意味じゃないか?」

 「そ、そうかもしれない。それが何か気になるの?」と僕は聞き返した。

 「ああ、気になって仕方がない。だから僕なりに考えたんだ。この一週間で、賽銭の奴は賽銭じゃなくなったんだ。待った、もっとわかりやすく言うと、賽銭の心を真面目な人間の心へ入れ替えたと言うべきかな」

 このとき、僕は正論くんの話を聞いてあまりにも現実離れをしてると思うのだった。人の心を入れ替えるなんて、実際のところ可能なのかと!?

第42話につづく

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