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第37話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

真夜中の旧校舎で真実を知ってから数日後、和泉麻里奈が目を覚ました。

後藤に刺されて、運び込まれた病院とは違う場所へ移された和泉麻里奈。目を覚ました瞬間、麻里奈は自分の状況を理解していなかった。断片的な記憶がボヤけたままになっている。

乾いた唇では上手く言葉も出てこない。ベッドから起き上がろうとしたけど、身体の神経が機能していないのか、指先だけが動ける状態だった。

まるで首から下が、他人の身体で形成されてるみたいだ。辛うじて首を動かして左右を確認する。殺風景な病室だとわかるが、個室なので静寂な空気が流れていた。

急激に喉の渇きが襲ってきたので、何とか起き上がって水分補給をしようと思ったが、やっぱり身体が動かない。

一体、遊園地で刺されてから何日過ぎたのだろうか。今日が何日か確かめたかったので手元を見渡したけど、これと言って何もないようだ。

だんだんと指先から足の先まで神経が通っていく感覚を感じたとき、病室の扉が開いた。突然の出来事に驚いて、病室に入って来た人物を見つめた。すると、白い白衣を着た看護師が驚いた顔して近寄って来た。

「和泉さん、和泉さん。ここがどこなのかわかりますか?」とベテランっぽい看護師が目線を合わせて声をかける。

勿論、自分が誰なのか知っている。ここが病院ってことも理解してる。どうして病室に居るのかもわかってる。自分が誰に刺されて、こんな目に合ったのか言われなくてもわかっていた。

と言わんばかりに、和泉麻里奈は力を振り絞って声を出した!

「娘を呼んでください!娘の尚美をここへ呼んで、あの子はあの子は無事なの!?」

「落ち着いて下さい。今、先生を呼んで来ますから。慌てないで、大丈夫だから」と看護師はそう言って、ナースコールを鳴らした。

看護師は和泉麻里奈を落ち着かせると、体温計で熱を計ろうとした。素直に従って体温を計る間、和泉麻里奈はあの日のことを思い出そうとしていた。娘の尚美を尾行して、みなとみらいの観覧車で尚美が並んでいるのを確認していた。

そのあと、背後から後藤に刺された。

確か気を失う前、後藤の怒号が背後から聞こえた。記憶としてはそこで終わっている。あのあと、後藤はどうしたのか?それに大貫咲は何をしている。

そんな疑問が残ったまま、和泉麻里奈は病室に入って来た先生に、傷の具合やこれからの療養について話を聞かされた。

病室に運ばれてから、六日目が過ぎているとわかった。その間、娘の尚美が来てくれていたこと。そして、大貫咲が何度か見舞いに訪れていたことも知ることができた。

「和泉さん、さっき、娘さんから連絡があって夕方に来られるそうです」と看護師が教えてくれた。

それを聞いて、和泉麻里奈はようやく安心した。どうやら娘は無事だったようだ。ベッドの脇に携帯電話が置いていたので、連絡を入れようとしたけど充電が切れていた。

一様病室では携帯電話が禁止されていた。とにかく娘が来るのを待つしかなかった。

気持ちを落ち着かせて、和泉麻里奈はベッドに深く沈むと、数分後には眠りについた。そして数時間が過ぎた頃、病室に娘の尚美がやって来るのだった。

このあと、和泉麻里奈は全てを知るだろう。三年前の夜の出来事から、今日まで起きていた真実を。

第38話につづく

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