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第14話「蛇夜」

女の子の名前を聞いて大人の頭で記憶を手繰り寄せる。比較的、日比野という名字は多く無さそうだけど、名字から思い出すのは難しい。それでも記憶というのは忘れることがない。人は一度でも記憶したら忘れることはないんだから。


ハッとして息を飲んだ。鍋子、鍋子という名前に小学生の頃の記憶がフラッシュバックのように蘇る。

確か小四のとき、同じクラスだった女の子だ。しかも、家が近所。女子の中で一番仲が良かった女の子だ。


「夢川くん、約束の時間だよ」と鍋子が声を潜めて言う。


「な、鍋子か!」

「ちょっと親にバレるよ。声デカイって!」と鍋子が注意する。


俺は慌てて口を押さえて、両親の寝ている和室の方を振り向いた。シーンとした廊下に緊張する。和室の引き戸が開くことなく、俺は安堵の表情を浮かべた。裸足のまま玄関扉の前へ歩くとガラス越しの鍋子へ話しかける。


「ここはバレるから裏へ回れ。台所の裏口から出るわ」俺がそう言うと、ガラス越しから鍋子が立ち去った。


俺も急いで靴を取って、台所の方へ向かった。和室の前は気をつけながら通り、台所の裏口から外へ出た。外へ出ると、ちょうど鍋子が塀の方から走って来た。

くりっとした目に肩まで伸びたサラサラの髪。鼻は団子鼻だけど愛くるしい笑顔の鍋子。決して可愛い方ではなかったけど、俺は鍋子のことが好きだった。彼女を見て、すぐに思い出したことである。


「早く来すぎたかなぁ」と鍋子が口許に笑みを浮かべて言う。


「あ、いいや。別に問題ないわ」と俺は答えたが正直言って、今夜、鍋子と待ち合わせの約束をした覚えはなかった。正確には思い出せない記憶なのである。


小四の頃、俺は毎日のように鍋子と遊んでたっけ。四六時中と言っても良いぐらい一緒に居た。でも今夜、真夜中に待ち合わせて、二人でどこかへ行くなんて。


思い出せ、この世界は俺の過去。きっと忘れているだけで、俺は過去に今夜の約束をしていたはずなんだ。それが昨夜の悪夢と繋がっているような気がする。気がしてしょうがないんだ。


ここはひとまず話を合わせておこう。一緒に行動すれば、おのずと記憶も蘇るはず。まずは、今夜待ち合わせた理由を知りたい。それさえわかれば、あとは過去の記憶と大人だった頃の記憶を照らし合わせる。なんて、複雑な心境だったが、現状はそれが一番の対策だと考えた。


「バレてない?」


「親にか。別にバレてへんよ。って言うか、他の奴らにも見つからんようにしんとな」俺は何となくで答えるが、自然と子供時代の話し方になっている自分に気づいた。


「なんか夢川くん、昨日と雰囲気違うなぁ。ま、ええわ。それよりも早めに行って確認して見よーや」と鍋子はそう言って、塀の方へ歩こうとした。


まさか塀を乗り越えて行く気か。子供の頃って、近道の為ならどんな場所からも行くんだなと思い出させる。鍋子は躊躇なく塀をよじ登り、スカートからパンツが丸見えになっても気にせず先へ行こうとする。


子供のクセに、少女のパンツにドキッとさせられた。俺は俺であって、この時代の俺は子供なんだ。小四の頃、俺はまだ女子を異性として意識していたのか覚えていない。さっさと行く鍋子を追いかけるように、俺も塀を乗り越えた。


街灯の少ない町。辺りを見渡すと山々に囲まれた小さな田舎町である。都会だったら騒がしい夜も、こんな田舎では静寂に包まれていた。あまりの静けさに人の気配はなく、ただただ暗闇が浸透するような光景が広がっていた。


今夜、待ち合わせた理由は何なのか?


そして、僕たちはどこへ向かうとしていたのか。今宵、過去の自分と重なりながら友達の鍋子と夜の遊びをしようとしていた。


第15話につづく

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