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第58話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

~白石浩史の取り調べ3~

「黒川イサムに関して、お前に話さなければならないことがある。二日前、彼は大学の研究所で青酸カリを飲んで自殺している」刑事はそう言って事故現場の写真を見せた。

写真には研究所の床で倒れてる、黒川イサムの姿が映っていた。仰向けに倒れる黒川イサムの顔は安らかに眠っているようだ。

だが、誰が見ても死んでいるとわかる。白石は食い入るように写真を見てから、刑事の方へ目を動かした。

「だから、お前の発言が大事になってくる。それで、大神日和のアパートへ行って何をした?」刑事はそう言って、白石浩史の向かい側へ座った。

三年前、横浜は朝から降り続ける雪で一面を真っ白に染めていた。白石の家を出発してから三十分もかからないうちに大神日和のアパートへ到着した。静まり返った住宅街は時刻的に殆どの人は寝静まっている。

家々の明かりは消えており、玄関の明かりだけが灯っていた。

「ホントにやるのかよ。何のためにこんなことを?」と白石浩史は後ろの座席をチラッと見た。

後部座席へ横たわるように置かれた物体。ナイロン製の袋に何かが入っているようだ。袋の表面上に凹凸が見て確認できるが、ホントに、この中へ入ってるモノが死体とはにわかに信じられなかった。

道中、黒川イサムから説明されたのは、後ろの荷物を大神日和の部屋へ運ぶように言われたのだ。

「誰の死体なんだ?」と白石は質問した。

「答える義務はない。君はただ指示に従って部屋へ運ぶ。それだけの仕事だ。あとは部屋に残って言われた通り、後藤くんが来るまで待機してくれれば良い」黒川イサムはそれだけ言うと時計を見た。

「おそらく一時間半……或いは三十分くらいで到着する予定だ」

「なんだよ。急げと言いたそうだな。わかったよ。やればいいんだろう」白石は諦めたのか、車を出て後部座席のドアを開けた。

一体、誰の死体なのか。頭の中で浮かぶのは大神日和。だが、これをわざわざ部屋へ運ぶことに疑問を感じる。それでも指令は絶対だと。白石は袋ごと持ち上げると肩に担いで、大神日和の部屋へ向かった。

さすがに二階へ運ぶとなると、体力的にキツイ。部屋の前に到着したときは汗だくなっていた。

肩から持った感じだと、大柄な人間じゃないのはわかる。内心、黒川も手伝えよと思ったが、そこは我慢してドアノブを掴んだ。既に手配されていたのか、玄関の扉に鍵はかかってなくて、白石は息を切らしながら部屋へと上がり込んだ。

この部屋へ来るのは数ヶ月ぶり。相変わらずゴミが散乱していた。しかも、匂いが強烈に漂っている。何か腐ったような匂い。腐敗臭が部屋中に染み付いているようだった。

「運び終わったみたいだね。それじゃあ、死体をベッドへ置こうか」と黒川イサムが白石の背後から話しかけた。

「いきなり後ろから話しかけるな。ビックリしただろう!」白石浩史が文句を言うと、黒川イサムは無表情で袋の前にしゃがんでジッパーをゆっくりと下ろした。

「もう臭うな。でも、良い感じで仕上がってるよ」と黒川イサムは袋の中の死体を見て、平気な顔で言った。

ガチャっと取調室のドアが開いた。刑事が振り向くと、若い刑事が入って来て取調室をしている刑事の方へ近寄った。そして、耳元へ囁くようにして何かを伝えた。

わかったと刑事は一言だけ呟き、正面に座っている白石浩史の方を見た。

「それで、黒川イサムが用意した遺体は誰だった?」と刑事が質問した。

「大神日和の死体が入っていました。しかも素っ裸の死体でしたよ」白石はそう言ってから項垂れた。

「お前は言われたとおり、大神日和の死体をベッドに寝かせた。そして数分後、後藤刑事が現場に現れた。あとは、黒川イサムが用意したシナリオ通りのことを実行した。それで合ってるな」

「ええ、だから……俺は大神が誰に殺されたか知らない。組織の人間が殺したに違いない。罪は償うつもりです。でも、俺は大神を殺していない。ホントなんです。信じて下さい」と白石は涙声で刑事に訴えかけた。

「ああ、お前の話は信じよう。何もお前が大神日和を殺したと言ってない。我々警察は、確信となるお前の発言を取りたかっただけ。後藤刑事の残したデータから、お前が大神日和の事件に関与してることはわかっていた。既に裏付けは取っているからな。でもな、こちらとしては矛盾点もあったんだ。つまり、お前の証言を聞いて、全ての辻褄が合ってきたよ」

「ど、どう言う意味ですか!?」と白石が驚いた顔で聞き返した。

「先程、三年前の大神日和の死体から科学班が驚愕とも言える発見をしたんだよ。まぁ、三年前の死体は骨となっていたから時間はかかったが、お前の供述で確定した。つまり三年前、お前が組織に頼まれて運び込んだ死体は、大神日和本人じゃないってことだよ。あの死体は華村純菜という女性なんだ!」

遂に驚愕の真実が明らかになった。結局、白石浩史までが組織の人間によって利用されていたに過ぎない。ついに、謎めいた三年前の夜の出来事の全貌が見えてきたのだった。

第59話につづく

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