リュミエール 01.
好きって何だろう。私はいつもそれを考えている。それが分かったら、世界は変わるだろうか。おそらく変わらないのかもしれない。でも私は知りたい。好きという意味を。
講義を終えて、私はアパートに帰る。今日はアルバイトも休みだし、特に予定も無いので真っ直ぐに部屋へと向かう。五階建てアパートの四階にある一室、それが私の住んでいる部屋だ。家の鍵は開いている。これはいつものことだ。だって、ここに住んでいるのは私一人じゃないから。
「おかえり」
キッチンで私に声をかけたのは、同居人の紗奈だ。紗奈はキャベツを包丁でざく切りにしている。キッチンに置いてあるステンレス製のボウルには、ひき肉が入っている。
「何作ってるの?」
「肉味噌キャベツよ」
「おお、良いじゃん。紗奈の肉味噌キャベツ美味しいんだよね」
「そう言ってもらえると嬉しい。小鳥はいつも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるんだよね」
紗奈は私に微笑みかける。料理は交代制。今日は紗奈が当番の日だから、彼女が作っている。率直に言って、私より料理が上手い。すごく羨ましくなる。特に、紗奈が作る肉味噌キャベツは絶品だ。楽しみに待っててよ、と紗奈は言った。私はリビングの隅にトートバッグを置いて床に座る。暑い夏には、フローリングのひんやりとした冷たさはちょっとした癒しだ。
私はSNSを見たり新刊の恋愛漫画を読んだりして時間をつぶしている。すると、キッチンから食欲を掻きたてるような味噌の匂いがしてきた。
「よし、出来た」
紗奈の口から達成感が漏れ出た。私たちはそれぞれ米と肉味噌キャベツをよそって、テーブルに置いた。そして、私たちは向かい合って床に座る。
「いただきます」
私は早速キャベツを口に運ぶ。香ばしい赤味噌がキャベツに絡んで美味しい。
「やっぱり、紗奈って料理の天才だと思うわ。最高」
「大げさだよ。でも良かった。小鳥って本当に美味しそうに食べるよね。見てて飽きないわ」
「何それ。私をからかってるの?」
私たちはいつもこんな風に笑い合っている。この時間は本当に幸せだ。
料理当番と食器洗い当番は分けている。今日は紗奈が料理を作ったから、私が食器洗い当番の日。私は洗剤をスポンジに馴染ませて、綺麗に食器を洗う。念には念を入れてごしごしと洗う。そうしないと気が済まない体質なのだろう。私は人よりちょっとだけ几帳面なのかもしれない。
紗奈はテレビを観ているけど、さほど興味がある番組は無さそうだ。少し番組を見てはチャンネルを変えるという行為を繰り返している。それにも飽きてしまったのか、紗奈はキッチンの方まで歩いてくる。そして、私に覆いかぶさるように後ろからぎゅっと抱きしめる。覆いかぶさるくらいの身長がある紗奈が羨ましい。
「ねえ、食器を洗うのは後からで良いから、遊びたいな」
紗奈は私の耳元で囁く。
「もうちょっとで終わるから、待ってて」
私は振り返らずに答えを返した。紗奈は両腕を私の体から離して、待ってるとだけ言ってリビングに戻っていった。
食器を洗い終わって、私はリビングへ行く。紗奈はそんな私を待っていたかのように、両腕を大きく広げて私を抱きしめた。紗奈の腕から彼女のぬくもりが伝わってくる。
「キス、しよっか」
紗奈は私の目をじっと見つめて言った。私は小さく縦に頷いた。私たちはほぼ同時に相手の唇目がけて動き出す。唇が触れ合い、自然とお互いがお互いの口に舌を入れる。紗奈の唇はマシュマロのように柔らかい。紗奈の髪から漏れ出るシトラスのシャンプーの匂いに触れながら、私はゆっくりと彼女の口の中で舌を動かす。同時に、紗奈の舌も私の口に入ってくる。気持ち良い。私の心は快感で満たされる。私は紗奈の頭を触る。長い黒髪がさらさらしている。卑猥な音をさせながら、私たちは何度も唇を重ねる。気持ち良すぎて、思わず私の口から声が漏れる。
「気持ち良いんだ。小鳥ってすぐ声が出るよね。分かりやす過ぎ」
紗奈は子供のようないたずらっぽい笑みを浮かべる。
「しょうがないじゃない。それとも、こんな私は嫌い?」
「そんな訳無いでしょ。小鳥がいつも可愛い声出すから興奮するの」
「バーカ」
私は再び紗奈に口づけをする。そして、私たちは舌を絡ませた。首を淫らに動かして、何度も激しくキスをした。
「小鳥、愛してるわ」
「私も愛してる。紗奈が好き」
村重小鳥(むらしげことり)と恩田紗奈(おんださな)。私たちは同じ部屋に住む同居人。そして恋人だ。誰にも知られてはいけない同性の恋人。私にとって、紗奈は最も大切な存在だ。