名前とアイデンティティ
「私ね、20になったから、苗字を決める権利があるんだ」
大学の時、突然打ち明けられ驚いた。
日本では大抵、親権を持つ親の苗字を名乗るが、途絶えさせたくない場合は変えることがある。彼女の場合、さらに複雑だった。
「こんなことがあってさ」
編集のA女史に話した。
「そんなの、自分で決めさせればいいじゃん」
「くだらないことに首をつっこむ馬鹿」という顔でそう言われた。なぜ美人とは、いつも怒っているものなのか。
重要なので推敲して書いておくが、私は美人より理解ある女性が好みである。
「だけどさ、アイツがアイツじゃなくなってしまう気がしたんだ」
「私も『滝和子』って筆名を橘川さんに付けてもらったけど、」
「ふ~ん、って思っただけ」
橘川さんは、80年代のナンバーワンロック雑誌『ロッキンオン』を作った伝説の男。A女史とは橘川さんの私塾で出会った。
「本名をもじって付けてもらったの」
「昭和の文人みたいな古臭い名前になったけど」
嬉しそうな表情を浮かべたのち、すぐ間違いに気づいたように腐す。そちらが不正解で、嬉しそうなのが正解なのだが。
『千と千尋の神隠し』で、千尋が湯婆婆に名前を変えられるシーンがある。異世界の湯屋に取り込まれる直前、名前を奪われ、千尋はアイデンティティを失う。
自由の喪失、湯屋での過酷な生活の兆し。ご存じの通り、物語のラストで彼女はアイデンティティを取り戻す。
名前とはなんなのだろうと思う。
もし、人生を振り返り名前を付けるとしたら、あなたは自らの過去にどんな名をつけるだろうか。
いや、意外に難しい。代わりに仲が良かった友人の名前を思い出した。
0歳から近所にいた塩谷君、野口君。
幼稚園に入る前に引っ越してきた保君。
年長で引っ越してきた中根君。
私は6年ほど引きこもっていたが、その時分を象徴する名は一つも思い出せない。千のように名前を奪われていたのだ。
『ゲド戦記』でゲドの師、オジオンが名についてこう語った。
「そなたに名まえを授けたのはアール川の水源だったな」
「あの川は山から落ちて、海へと注いでおる」
「人は自分の行きつくところをできるものなら知りたいと思う」
「だが、一度は振り返り、向きなおって、源までさかのぼり」
「そこを自分の中に取り込まなくては」
「人は自分の行き着くところを知ることはできんのじゃ」
「私は誰だ」という問いは、エフェクチュエーションが教える起業家となるために最も重要なことだ。
自分の行き着くところ。
あなたの究極の目標はなにか。
名前は兆しだ。呼ぶ名があれば、自らの名を取り戻せる。本当の名を思い出すには、人の名を呼ばねばならない。
あなたは誰の名を呼ぶか。
『なまえのないねこ』という絵本がある。
ねこは良い名前が欲しかった。でも、いくら探しても見つからない。
「のらねこ」
「きたないねこ」
「あっちいけ」
「しっし」
「そんなのはなまえじゃない」
嫌な名ばかり与えられる。
物語の最後で飼い主になる人に名前をつけてもらった。
「そうだ」
「わかった」
「ほしかったのは、なまえじゃないんだ」
「なまえを よんでくれる ひとなんだ」
我らが生まれた意味は他者の名を呼ぶことにある。人の名前を呼べないときは、呼んでもらえばいい。
聞き取れないほど小さな声だったり、当たり前すぎて見過ごしてしまうかもしれない。兆しとはそうしたものだ。
「名をもたぬものはなかろうに」
影に乗っ取られ途方に暮れるゲドに、オジオンはそう言った。
あなたが途方に暮れていたから、伝説の男が名前を付けてくれたんですよ。麗しき女史。
怜悧な美女すら気づけない。
本名を呼ぶ声とは、そんなものだろう。
お読みくださいまして、誠にありがとうございます!
めっちゃ嬉しいです😃
起業家研究所・学習塾omiiko 代表 松井勇人(まつい はやと)
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起業家はトラウマに陥りやすい人種です。トラウマから立ち上がるとき、自らがせねばならない仕事に目覚め、それを種に起業します。
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