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業と鼓動


施設内研修を行う際、必ず話すことがある。
普段はおちゃらけた話や、関係ないことのようにみえて、介護と深く繋がっている話など、できる限り聞き手が関心を抱く内容を伝えるよう心掛けているが、一つ、決していい話ではないが、伝えておかなければならないことを話す。

パーキンソン病を患っていたその方は、変わり者ではあったが、とても聡明で面白い方だった。
くの字に曲がった身体は、常にお辞儀しているようで、普段の謙虚さも相まって、物静かな印象を周囲に与えていた。
自室で読書をしたり、手紙を書いたりすることが趣味で、よく本の話をしてくださった。

その方は車イスの自走はゆっくりだができる。調子が良くて、誰にも見られていないリラックス出来ている時は、少しだが歩けるようだった。
このことが、まわりからの誤解を生んでしまった。

食事を食べ、自室に戻る際、廊下を車イスで進むが、自室に入る際、一度横を向かなければドアに入れないため、そこで止まってしまう。パーキンソン病は身体を捻じる動きが苦手だ。なのでそこでその方は、

「職員さん!お部屋までお願いします」

そこで普通に応じるべきなのだ。その方は身体が捻れず、自室に入れないから。ところが、職員がとった対応はそうではなかった。

「そこまで行けるんだったら、自分で行ってください!」

車イスをそこまで漕げるのに、甘えてるのだと捉えてしまった。果ては部屋を覗き見た職員に歩いている姿を“運悪く”見つかってしまったようで、嘘ついてるわ!と判定されてしまった。
僕らに知識がなかったばかりに。

その方はゆうに1時間はそこで止まっていた。後ろからは職員や入居者の笑い声が聞こえる。
あと少し、自分の部屋に入れば、好きな時間を過ごすことができるのに。

地獄の光景だ。

僕らに知識がなかったばかりに。

それからというもの、その方は事ある毎に同じような対応をされてしまった。まともな精神状態を保てるはずはなかった。

「鞆さん、僕はもうおかしくなってしまったんですわ」

辛うじて、穏やかな時に、伝えてくれたのはこの言葉だった。

その後、いわゆる周辺症状、と言い難い精神症状が強く出てしまい、精神科への入院が決まった。
くの字に曲がった身体は、ストレッチャーに乗せられ、真っ直ぐ寝ることが出来ずに、横に向けられ、そのままベルトを着けられていた。
もうお辞儀をしているようには見えなかった。

それからほんの数日後、入院先で息を引き取ったという話を聞いた。入院が死に直結したかはわからない。だが、あの時の対応が、この方から生きた生活を奪ったことには間違いなかった。

疾患への誤解は山ほどある。完璧に対応出来るかは神様でない限り難しいだろう。
それでも、その方の生活に思いを馳せることは出来たはずだ。
僕らに知識があったから、この方は長生きして良かったと思ってくれたんだな。
そう思えるためにも、今は聞こえななくなった鼓動を感じるためにも。
僕らはその方を知るために、知識を身につけなければならないんだ。
もう二度と同じようなことが起きないように、許されるわけではないが、一人でも多くに伝えていきたい。

という想いを話すことにしている。

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