当たる、落ちる、突き刺さる!
一般楽団の合奏練習の為の会場は、大体は地域の公民館とか公会堂とか、そういった施設になる。その大体がある程度の広さの部屋、或いは舞台を備えているからだ。
楽団員一人当たりに必要な広さは楽器によっても違うが、案外広い。椅子と譜面台に加えてそれぞれの楽器の『可動域』が確保されねばならないので、楽器によっては周囲の人との距離がかなり空いているものもある。
北陸の楽団に居た時、地元のジャズバンドと共演したことがある。
この時、私は三番(一番下の音域を担当するパート)を吹いていたので、一番後列に座っていた。
楽団員数は約百名。最初の合奏の時はそこに二十名くらいのジャズバンドが入ったから、練習部屋は物凄い過密状態になってしまった。
私達のすぐ後ろにジャスバンドのトロンボーンが座っている。大丈夫かなあ、と心配になって、隣の人と顔を見合わせた。
トロンボーンと言うのはご存知の通り、スライド(管)を前後に動かして音を変える。案の定、演奏が始まった直後、このスライドが私の顔の真横に伸びてきて、悲鳴を上げる羽目になってしまった。
いつ当たるか、気が気じゃない。演奏どころではない。
同じような現象があちこちで起きたため、結局その曲では降り番(その曲だけ本番での演奏をせずに舞台から降りること)を設けて、なんとか人との距離を確保することで落ち着いた。
トロンボーンの可動域の広さを、身を以て知った出来事だった。
関西のバンドに居た時にも似たような経験をした事がある。
近隣の中学校の吹奏楽部と一緒にアンコールを演奏することになったのだが、向こうは四十人近く、ウチは五十人近く。合同練習の時は都合約百人が一つの部屋にひしめき合うことになってしまった。
まだ部屋でやっている時は狭くても我慢すれば良かったが、リハーサルで舞台に乗った時はちょっと怖かった。
指揮者が指揮台に上がった後、全員分の椅子を置くスペースを確保する為、皆できるだけ舞台前方に詰めた。私は最前列の一番端に座っていた為、椅子が三センチくらい舞台の板からはみ出て、宙に浮いている状態だった。
目は指揮者の方を見ていなければならないし、位置的に終了時の合図をする係だから、いの一番に椅子を引いて立たねばならない。何かのタイミングでガターンと椅子が舞台から客席に落ちるようなことにならないか、この時も気が気でなかった。
この状態で本番を乗り切った。演奏以外に気持ちを散らすなんて、師匠に怒られてしまいそうだが、これは怖かった。空気椅子に座って演奏するような気分である。もう二度とやりたくない。
今在籍しているバンドは人数が多い為、広い会場をキープしてくれるので、凄く有難い。
それでも人数が増えると、やっぱり狭いと感じることはある。
合奏時の配置の仕方は色々あるが、今のバンドは指揮者を中心に半円を描くような形で座っている。私は丁度指揮者の正面、最前列中央に座っており、左横にはフルートが座っている。
ご存知のようにフルートは横笛だから、横に場所を取る。そして半円状ということは、最前列が最も狭いことになる。
そう、最前列の人口密度によっては、あの銀色の美しい棒が私の頬に突き刺さるような感じになる。下手すると吹き出し口からぽとりと落ちた水滴が、私の膝を濡らすなんてことにもなりかねない(幸い、まだそんな経験はない)。
余程気をつけないと、お互いがスイマセンの応酬をすることになる。
こんな時は工夫して少し斜めに構えたり、椅子を微妙に前後にずらして、なんとか『接触事故』が起きないようにする。
何度も経験すると慣れてきてなんともなくなるが、普段の感覚とは違うのでちょっと気をつけねばならない。
普段の生活で、これだけ赤の他人と近づくことはあまりない。混雑した電車などに乗ると不快感を覚えるが、好きなことをしている所為か、若干の窮屈さは感じるけれど、不快というよりむしろちょっと面白かったりする。
練習会場の確保は、地味で手間のかかる大変な作業である。
そして費用、運(練習会場は抽選で決まったりする)、申し込みに行ってくれる人の都合、など様々な課題をクリアして初めて取れる。
今日も遠慮なく音を出して練習できることに感謝しつつ、周囲が出来るだけ快適に演奏出来るよう、ちょっと気を付けて工夫する。
私にとっては、それも合奏の楽しみのうちの一つなのである。