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モチベーション

私は勤務先に「時給アップを望みません」という一筆を入れている。普通なら勤務年数を重ねるにつれ、時給は上がっていくのだが、そうなると夫の収入との兼ね合いで、税金だとかなんだとかのややこしい問題が浮上するし、ここで一生勤めるわけでもなし、上級職を目指すつもりもなく気楽に働きたいので、こういう具合にしている。
「時給が上がらないなんて、モチベーション下がらない?」
と聞いて下さる方が時折いらっしゃるが、そんなことはないと思う。
勿論、何かと物入りな年代であるからお金が必要で働いている訳ではあるが、この関東で私がいつの間にかイキイキと呼吸できているのは、一つにはこの職場が私を温かく迎えてくれ、沢山の方々との様々な関りがあるからだと思っている。楽しく仕事させてもらえて、とても有難い。
そんなわけで私にとって、給料は仕事のモチベーションに大きく影響するものではない。

夫にも以前、今の私と似たようなことがあった。
何年か前、会社からある管理職への昇進を勧められた際、断っているのである。
その職はいわば「人事考課」をすることが仕事の大きなウエートを占めていた。試験的に三か月、夫はその職に配属された。
だが私の目から見ても、その頃の夫は全然楽しそうではなかった。滅多に仕事の話を家でしない人であるが、この時はしばしば苦悩を漏らした。
人事考課は項目が一覧表になっている。課員一人一人に何段階かの評価をつけるのが夫の仕事だった。がやり始めてすぐ、夫は表の項目そのものに違和感を覚えたらしい。例えば、
「チームをまとめる能力を持っている」
という項目の場合、『こういう場合は』とか『この分野では』という細かい条件をつけたくなったという。しかしそういった条件はない。まずそこに「おかしい」と感じたそうだ。
そして夫は
「人は必ず得意分野がある。一つの部署で向いていないと判断されたからって、そいつが全く仕事のできひん奴、とは限らない。この考課表ではそれを本人にも、人事の方にもわからせることができない。なのに一律に評価しろ、と言われる。何のためにやるのか、意味がわからない」
と言って嘆いていた。

その頃部下の一人に、
「在間さん、そのお仕事向いてませんよ。現場が好きなんでしょう?これからも一緒にやりましょうよ」
と面と向かって言われたらしい。しかし給料は管理職の方が断然多い。地位も随分上である。
そんなある日、
「お前、給料増えんでも良いか?」
と夫が聞いてきたので、
「好きじゃない仕事やって暗い顔して帰ってくるあんたより、イキイキ仕事してるあんたの方が健康的やと思う。好きにしたらいいんとちゃう?任せる」
と言ったら、
「ありがとう」
と返ってきたので、ああ、断るんだな、と思った。なんとなくホッとしたのを覚えている。
もうすぐ夫は定年だが、結局そんなに大きく出世はしていない。が、いつも楽しそうに仕事している。最近
「好きな仕事できて、オレは幸せやなあ」
と時々漏らす。その度に、あの時昇進を断っておいて良かったなあ、と思う。

その後、夫と同じ課に一人の新入社員が配属されてきた。即戦力のある優秀な新入社員が沢山いる中で、彼は恐ろしく仕事が出来ず、課内で浮いていたらしい。
しかし、彼を観察していて別の課のある仕事が向いている、と思っていた夫は、上司との面談で彼の処遇について相談された時、配置転換を提案してみたそうだ。
上司は彼の能力についてかなり疑問を持っていたようだったが、このままという訳にもいかないしものは試しに、と夫の提案通りに彼を異動させた。
現在彼は、若くしてその課のリーダー的存在らしい。先日、夫と一緒に仕事をしたそうだ。
「イキイキ仕事しとったわ。良かった、良かった。アイツ、やっぱりあっちの方が向いとったんやな」
嬉しそうに言う夫を見て、こちらもなんだか嬉しくなってしまった。

お金は大事である。当たり前だ。だが私にとって、それは仕事のモチベーションとはほぼ無縁である。
のんびりし過ぎかも知れないが、楽しんで働いたら、ついてくるものなんじゃないのかな、と思っている。