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帽子の兄ちゃん

前の職場のスーパーで、パンの品出しをしていた時期がある。
一番納品量が多いのは業界最大手のYパンだ。他の会社が一日一回しか納品がないのに、Yパンだけは二回ある。
納品はトラックドライバーが一人で行う。中身がパンなど食品だからそんなに重くはないが、手際の良い人と悪い人の差が歴然としていて面白かった。

手際の良い人は、こちらが商品出しをしやすいように考えて納品してくれるのでとても助かる。
特売の食パンなどは最初ワゴンに山積みするが、一回に出せる量は知れている。残りはバックヤードに置いておかねばならない。ベテランのドライバーだと、初めにワゴンに出せそうな量、開店一時間後くらいに補充に回せそうな量、もしかしたら翌日に持ち越しになりそうな量、を分けて搬入してくれる。こちらは置き場所を考えれば良いだけなので、非常に楽である。
積む高さも、小柄な女性に合わせて調節してくれる。下ろしやすくてありがたい。

Yパンはケーキやシュークリームなどの要冷蔵の商品も多く扱っている。それらもパンと一緒に納品されるのであるが、ベテランドライバーはちゃんと
「これ、冷蔵庫ねー」
と仕分けした状態で渡してくれるので、常温の場所に置いてしまう心配がなく、安心であった。
このお兄さんはダウンタウンの松本人志さんにそっくりだったので、私達は『Yパンのまっちゃん』と呼んでいた。

このまっちゃんがある日、
「すんません、今度から担当変わりますんで宜しくお願いしますー」
と言って、一人のドライバーをつれて挨拶に来てくれた。
とても頼りにしていたので残念だったが、配置換えとのことでどうしようもなかった。

まっちゃんに連れられてきたドライバーは、若い男性だった。
背が高い、というかひょろ長い。恰幅の良かったまっちゃんと違い、制服がダボダボである。青い制帽を被っているが、くしゃくしゃである。被らなくてもいいんじゃないかと思うくらい、帽子の役割を果たしていなかった。
腰からはいつも、下着の白いシャツが少しだけはみ出ていた。制服の腰のサイズが大きすぎて出てきてしまうのだろう。同僚の一人が、
「時々ズボンに突っ込んだろかと思う」
と笑っていたくらいだった。
荷台のハッチの上にはべったりと初心者マークが貼ってあった。車のではなく、配送の初心者、ということらしかった。
いつも帽子を被っているので、私達は『帽子の兄ちゃん』と呼んでいた。

さあ、それからが大変だった。
ウチの店の近隣には同じようなスーパーやドラッグストアが沢山あるのだが、兄ちゃんはよそのスーパーの荷物を下ろしていったり、うちの荷物をよそに下ろしてしまったりする。多分工場から出荷する段階で伝票別にちゃんと分けられているはずなのだが、どうしてそんな事が起こるのか、見当がつかない。
こちらとしては放っておけないので、工場に電話連絡し、近くのドライバーに対応してもらう。夏場などは気を遣うし、早く取りに来てもらわないと邪魔だ。朝一番の売り出し商品がよそに行ってしまった時などもあり、いろいろと大変なことが多かった。

パン箱を下ろす時、折角仕分けて出荷されたであろうものをぐちゃぐちゃにしてしまうのにも困った。
一番上にケーキの入ったパン箱、次に菓子パン、次に饅頭、次に食パンなんて順番はしょっちゅうで、おかげで私達にはパン箱の仕分けという新たな仕事が増えることになった。
兄ちゃんは背が高いので、一番高いところのパン箱も余裕で取れるのだろうが、私達女性パートは兄ちゃんほど背が高いはずもなく、一番上にケーキなどの傾けられない商品を乗せられるとそれはそれは大変で、足継ぎを使って下ろしていた。
要冷蔵の商品や、饅頭などの重くて大量に入ってくる商品もどのパン箱に入っているかわからないので、いちいち確認せねばならず、非常に骨が折れた。

しかし兄ちゃんはとても一生懸命作業しているので文句も言えず、まあ最初はこんなもんよね、と話していたのであるが、半年たっても一年たっても、相変わらず誤配送はするし、パン箱はぐちゃまぜだし、何も変わらなかった。
だが兄ちゃんを悪く言う者はいなかった。
兄ちゃんはやる気がない訳ではない。要領が悪いだけなのだ。

荷物を下ろし終わると、いつも帽子の鍔に手を当てて、
「ありがとうございました」
と言ってぺこりと腰を直角に折り、だぶだぶの制服をなびかせて必死に運転席に急ぐ姿を、なんだか気の毒なような気持ちでいつも見送っていた。

随分経って兄ちゃんの初心者マークは外れたが、やっている事は初めの頃とあまり変わらなかった。
変わったのは少し笑顔を見せてくれるようになったことと、会話をする余裕が出てきたことくらいである。

兄ちゃんは私が退職する時もまだ担当だった。
今も腰からシャツを出したまま、頑張っているのだろうか。
時々懐かしく思い出している。