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夏といえば

夏が近づいてきた。吹奏楽の世界では、夏といえばコンクールの季節である。
野球に甲子園があるように、吹奏楽にはコンクールがある。

吹奏楽を楽しむ学生さんにとって、コンクールという目標があるのは良い事だと単純に思う。
コンクールに出る為に一生懸命練習する。それによって技量が上がるのは、本人にとっても嬉しい事の筈であるからだ。
技量が上がればそれだけ、表現出来る事も増える。結果的に音楽そのものを楽しめるようになると思う。
若い内というのは、伸びしろがいっぱいだ。
スポーツと同じで、歳をとってからも楽器を演奏する技量を伸ばす事は、ある程度は可能だ。しかし必要とする時間と伸びしろは、若い時とでは圧倒的な差がある。
好きな事に打ち込んで、自分の成長と可能性を実感出来れば、若い人にとって何よりの経験になる。
行き過ぎた指導は問題だが、学生さんのコンクールにかける姿は見ていて微笑ましい。
金銭面等々、保護者の皆さんも大変だろうとは思うが。

これが我々のような大人になってくると事情が違ってくる。
コンクールに出るのが好きな人と嫌いな人に分かれる。更に、大好きな人と大嫌いな人も存在する。

出るのが好きな人にも色々ある。
練習するのが好きで、頑張った成果を何らかの方法で世に出す機会が欲しい、という人。逆に練習は嫌いだけど、舞台の高揚感は好きだから舞台に立ちたい、という人。
出るのが嫌いな人にもこれまた色々ある。
コンクールは楽器屋の陰謀?だ、そんな物に加担して大枚(参加料や課題曲の楽譜代等、結構お金はかかる)をはたくのは愚の骨頂だという人。芸術は競うものじゃないという人。裏でお金が動いているんだ、そんなイカサマに関わって結果に一喜一憂するなんてバカバカしい、という人。
下手をすると、コンクールに出る出ないで楽団が真っ二つになってしまう事もある。吹奏楽に縁がないと、良い大人が何をそんなムキになって、と思う人もいるだろう。

色々な楽団で様々な人の意見を聞いてきた。皆さんコンクール参加の是非に対する自らの思いをある人は熱く、ある人は控えめに、語ってくれた。
どの意見も『そりゃないよ』とは思えなかった。

かく言う私は『どっちでも良い派』である。
みんなと一緒にでも一人ででも、練習するのは3度のめしより好きだ。だが私には、そこに『コンクール』という目的は絶対必要ではない。
学生さんと違って"卒業"という節目が来ない以上、大人の楽団には何か活動の区切りになるものとして、あっても良いのかなとは思う。
しかしその区切りはコンクールに限る、とは私は思っていない。

金賞を取る団体の演奏は聞いていて心地いい。痒い所に手が届く感じがする。
それは、その団体が『金賞を取る』事を最終目標にしているのではなく、『素晴らしい演奏をする』事を目指しており、金賞はその結果もたらされるものだからなのではないかな、と思う。
演奏に力みも奢りも感じられないからこそ、聴く人は純粋に感動するのだろう。

私自身は、多勢の仲間と楽しい時間を共有でき、聴く人に何らかの『感動』を味わってもらう事が出来るなら、演奏する機会はコンクールであってもなくても構わない。
参加しようがしまいが、その時を自分が楽しまなくちゃ損。
これに尽きる。