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素敵なお客様

私の職場であるスーパーに、2日に1度くらいの割合で来られるお客様がいらっしゃる。80代くらいの小柄だが元気な女性である。

初めて接客した時は、土踏まずを持ち上げるタイプのインソールをお求めだった。
何故それを買うのか、私を相手に一生懸命説明なさる。
「外反母趾が酷くてね、お医者さんが手術したらどうかって言うのよ。健康な身体なのに手術なんてしたくない、って言ったらね、じゃあ痛みが強くなってきたらその時考えましょうって。でね、そうならないようにこういうの使おうと思ってね」
とここでやっと、
「これおいくら?」
と聞いて下さる。値段を告げると財布を出して、
「アタシね、財布はあんまり大きいのは持たない事にしてるのよ。ほら、カバンも大きくなっちゃうでしょ。だからなの」
そう言いつつ、お支払がつつがなく終わる。
お釣りを渡すと、
「あらやだ、お金が熱いわね?機械も暑さで参っちゃってるのかしらね?こんな急に夏みたいだもの、誰だって参っちゃうわよねえ?」
と続く。
お話なさる間はずっとニコニコしておられるので、なんだかつられてしまう。

食料品なら毎日来られるのもわかるが、私が居るのは靴や傘の売り場である。普通は2日に1度も用事はないと思う。
しかし、そのお客様は小さな靴クリームだったり、折り畳んだエコバッグだったり、防水スプレーだったり、ハンカチだったり、とちょこちょこと買っていかれる。

物が欲しいというより、私達売り場の係員との会話を楽しんでおられるようである。
来られるのは決まって開店後すぐの時間帯だ。
食料品のレジではゆっくり話せない。だから比較的人の少ないこちらに来られるのだと思う。

私は主にレジにいる事が多い。
レジでは、一人あたりの接客時間はあまり長くない。
商品を預かって、値段を告げて、お代を頂き、お釣りがあればお渡しし、商品を袋に入れてお渡しする。早い場合は3分くらいまでで済んでしまう。

正確さと丁寧さとスピードを求められる。
勿論、感謝の気持ちを最大限表す事も。

だけど、あまり一人ひとりのお客様とゆっくりじっくりコミュニケーションは出来ない。
あまりお一人に時間をかけてしまうと、次々にお客様が来られた場合、当然対処しきれなくなってしまう。

このお客様はそれをわかっておられるのか、朝一番に来られる。喋っていても次のお客様がくると、
「じゃあ有難うね」
とお辞儀をしてお帰りになる。

よくご来店される方のお顔は、売り場担当者は大体皆覚えてしまう。
このお客様も、私達の間では有名人である。
レジ係にも手元業務があるから、長時間レジを占領されるのは本当は迷惑で、こういうお客様は『招かれざる客』なのであるが、ご来店のない日が続くと、
「どうかなさったのかな」
と皆で心配したりする。
そういう日の後のご来店時は、何故何日も来なかったか、のご説明から始まる。ハイハイ、そうでしたか、それはそれは、とにこやかに聞きながら、平和な朝が始まる。

私はこのお客様が大好きである。
本当に楽しそうに笑われるからだ。いつも全身から人と話せる喜びが溢れている。
こういう笑顔に接すると、朝から嬉しくなってしまう。あまり商売の足しにはならないのだけれど。

こういうお客様大事にしたいなあ、と思いながら、いつも小さな背中をお見送りしている。

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