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私の『普通』

今私の職場では、ある問題について従業員間で意見が分かれている。

事の発端は、あるお客様がお買い上げになった帽子が返品になった事であった。
お客様は紳士用だと思っておられたのだが、女性用だったと言うのが返品理由である。『レシートに“婦人用”と書いてある』とのクレームがあり、返品に応ずる事になった。
返品はどんな理由であれ、好ましくない。
お客様に再度ご足労願う事になってしまうし、店側も一度お客様の手に渡った物をもう一度売るのは色々と面倒である。
返品作業はレジもなかなか手間がかかる。出来ればしたくない。

この一件の後、課長は課の全員が読む事になっている連絡ノートに次のように書いた。
『男性が女性の物を購入される場合
女性が男性の物を購入される場合
"よろしいですか?"と一声かけましょう』

この記載を見た時、私はYさんと顔を見合わせた。

丁度この数日前、女性用かばんをお求めになったお客様があリ、たまたま私がレジ応対した。
女性用かばんと言っても、色やデザインは男女どちらでも使用出来る感じのものである。最近はこういうデザインが増えてきている。
そのお客様は一見男性に見えた。しかし仕草、手つき、支払いの為に取り出した財布、は男性のそれではなかった。声はかなりかすれていて、性別の判断はつきかねた。
「ご自宅用ですか?」
プレゼント用かもと思い、私はこう聞いた。だがその方は「はい」と仰ったので、普通に販売した。Yさんは私の後ろで作業をしていた。
お客様を見送った後、
「女性用です、って言わなかったですが…良かったです、よね?」
と私が迷いながら聞くとYさんも考えながら、
「言ったら失礼になるかも知れないねえ。在間さんの対応で良かったんじゃないかな」
と言って下さった。

私もYさんも、この時の事を思い出したのである。

私が引っかかったのはそのお客様の声だった。
実は私の昔の知り合いに、身体は女性だが心は男性と言う人がいた。その知り合いが『ずっとホルモン投与を受けているから声が治療の影響でかすれている』と話してくれた事があったのである。
男女が違うし、素人考えだがもしかしたらこのお客様もそうかもしれない、と言う思いが一瞬頭をよぎったのだ。

最近大手衣料品販売店などでは、男女関係なく着られる服などが多く売られている。ウチの売り場でも徐々にそういう風に変えていく予定だ、と秋からの改装予定図面には書いてあった。
だから課長の記述は、ちょっと引っかかった。時代に逆行してないか。

レジに持ってこられる段階で、お客様は買うつもりである。帽子などは男女どちらでも使えるデザインのものも多い。
実際レジで
「これって婦人用?だけどオレ被っても可笑しくないよね?」
とお聞きになリ、買っていかれる男性のお客様は多い。
だが一方でレシートに『婦人用帽子』と記載してあるのを見て今回のお客様のように、
「男性用だと思ってた。婦人用だったら買わなかったのに。一言言ってくれたら」
と言って返品に来られるお客様もある。

お客様を見た目で判断するのは偏見に繋がる。偏見に基づいたお客様のニーズを勝手に判断するのは、失礼な事だ。
しかし、「わかってたら教えてくれよ」と言う方もある。
難しい。

何をもって『普通そう思う』とするのか。
『普通』とは何か。
"近い考え方”はあるだろうが、個々の内面の『普通』はひとりずつ違っている。《こういう考え方が殆どだ》と言うのが『普通』なら、それは"通説"の一方的な押し付けだ。普遍的な価値観とは言えないと思う。

敢えて男性用とも女性用とも言わず精算し、お客様の内心に触れるのを避けようとする人間と、ちゃんと伝えてお客様の返品の手間を防ごうとする人間で意見が割れている。
私やYさんは前者で、課長やFさんは後者である。
どちらもお客様の事を思っての行動である。どちらにも正しい面がある。

どうするのがよりお客様の為になるのか。
接客業をしていると、こういう場面は本当に難しい。
課長には言えないが、私はこれからも聞かないつもりでいる。
それが私にとっての『普通』だから。









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