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楽しい舞台よ再び

コロナのせいですっかりなくなってしまったが、それ以前には吹奏楽団の行事には『依頼演奏』というものがよくあった。
地域の自治会や子供会、老人ホーム、幼稚園などから依頼されて演奏をするのである。

楽団にとってはおろそかに出来ない機会である。
先ず、貴重な収入を得る事ができる。楽団運営には場所代、指揮者への謝礼、楽譜代等多額の費用がかかる為、楽団員から集めたお金だけでは活動を続けるのが苦しい。だから非常に有り難い。
こういう場で演奏を聴いて下さった方が定期演奏会に足を運んで下さる事もあるから、集客の意味でも重要である。次の依頼演奏を呼び込むチャンスにもなる。
更に地元の子供さんが、演奏を聴いたことをきっかけに吹奏楽部に入り、大きくなって入団してくれる事もある。長い目で見れば、新入団員の確保にも大きな役割を果たしている。

依頼の内容は様々だ。
地域の小さなホールが定期的に開く音楽会に出演させて頂くとか、老人ホームの敬老会の余興とか、幼稚園の夏祭りの出し物などが多い。
だからそれぞれの目的に合わせて曲を選ぶ事になる。

音楽会となると、ちょっとかしこまった曲であまり長くなく、耳馴染みのあるマーチなどを演る事も多い。
敬老会だと、美空ひばりの曲と朝ドラや大河ドラマのテーマ曲は必須である。ちょっと前までは藤山一郎さんの『青い山脈』を演奏しようものなら、皆さん目がキラキラしだし、立ち上がって大喜びされた。勝手に手拍子が湧いてノリノリになる事が殆どで、アンコールが何回もかかったりした事もある。
最近は『川の流れのように』などが受けが良い。一緒に歌い出す人も珍しくない。
幼稚園になると、予め先生方にどんな曲が良いかリサーチしたり、幼稚園児を持つお母さん団員に聞いたりして曲を決める。これをしないと凄くシラケた余興になってしまうので、気が抜けない。子供はどんなお客様よりシビアである。

依頼演奏の際に客層と同じくらい気にするのが『尺』つまり『持ち時間』である。短いと15分くらいの事もあれば、しっかり1時間という事もある。勿論演奏オンリーではなく、司会の喋り、指揮者の入退場込みの時間である。
歌謡曲などは1曲トータルの演奏時間が短い。最近多いアニメの主題歌なども同じだ。ちょっと前に一世を風靡したピコ太郎の『PPAP』などは1分に満たない。ウケるのはわかっていても、短すぎて使えない。
使っても良いのだが、短い曲が多いと数をこなさねばならなくなる。ゲーム音楽などは金管楽器にハイトーンを要求する曲も多く、あまり沢山演るとバテる。金管楽器は唇を使って演奏する為、唇がもたないのだ。

そこで長い持ち時間の時に、『場つなぎ』的によく我々がやる事が『楽器紹介』である。これは指揮者も我々奏者も休憩出来る上に、大変喜ばれるので一石二鳥である。
特に打楽器は種類が沢山あるし、ユーモラスな音がするものも多いので、老若男女に喜ばれる。簡単なものなら演奏してもらう事もでき、更に場が盛り上がる。
低音楽器は大抵『ぞうさん』を演奏する。クラリネットは『クラリネットをこわしちゃった』を短くしてやったりする。要するにあまり負担が大きくなく、楽器の特徴がよくわかるフレーズをちょこっと吹く。
それでも皆さん前のめりで真剣な表情になって聴いてくれる事が殆どで、とても嬉しくなる。

今こうやって書いていても、あちこちの舞台を懐かしく思い出す。
焼き鳥の煙に燻されながらの舞台。幼稚園児が喜んでめいめい踊りだした夏祭り。熱狂したご老人達の熱いアンコール。ナツメロを聴いて目頭をおさえた車椅子の方。照れながら曲に合わせてカウベル(打楽器の一種)を叩いていた小さな男の子。演奏会終わりにみんなでみたホタルの群舞…

お客様との一体感がある依頼演奏。
また以前のように出来る日が来る事を願ってやまない。