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そうやって回っていく

同僚のOさんが急に退職することになった。ご家庭内に複雑な事情があるようだ。辛かろうと思うので、込み入ったことは聞かないように努めている。仕事もイキイキと楽しんでいたし、先日階級が上がったばかりなので本人もとても残念だろう。こちらもとても寂しい。
一年あまりの短いお付き合いだったが、本当にお世話になった。彼女には感謝しかない。

妊娠中で体調の上下があるレジ係のSさんは、今月いっぱいで退職することになっている。こちらはもう織り込み済みだし、慌てることはない。が、いてくれれば頼める仕事は沢山あるから、残念ではある。

仕事の出来るOさんと、それなりに仕事を頼めるSさんが同時に居なくなると、ウチの職場は靴担当、服飾雑貨担当がそれぞれ二人ずつ、レジ専任者は私のみ、後は課長、という人員構成になる。内私を含む二人は勤務時間が四時間半の短時間パートだ。
この六人で店を年中無休、朝九時から夜十時まで開けなければならないのだから、かなり厳しい。
そして残念ながら、課長は当てにならない。レジがほぼ打てないし、相変わらず毎日、驚くべきズッコケぶりを発揮している。今日も課長の作った来月のシフト表を見たら、土曜日の午前中に出勤する人が課長だけになっていた。私達は良いですけど、課長大丈夫ですか?とツッコミを入れたくなったが、まあ誰か指摘するだろう、と思って放置しておいた。

午後になって、二階の衣料の課長のNさんがやってきた。Nさんはウチの店に二人しか居ない女性役職者の内の一人である。穏やかで優しく、いつも落ち着いていて物腰柔らか、知識と経験が豊富で来て下さるとホッとする。
昨年来立て続けにご主人とお父様を亡くされたが、規定の休みも殆ど取らずに出勤された。お身体は大丈夫か、と心配になってしまうが、普段と変わりないご様子である。
「お疲れ様です。どう?人カツカツだよね?レジシフト組むの、大変でしょう?」
優しく労わるように話しかけて下さる。
「はい、常に人が足りない状態です。この上にOさんが退職されるので、更にしんどくなりますね」
私がそう答えると、Nさんは頷きながら聞いていたが
「だよね。で、今ね、二階の衣料担当者に靴服を兼務させようか、って話が出てるの。レジだけじゃなく、売り場も。靴服の人も二階に上がってもらうようにして、ね。専門的な知識が必要な時は、それぞれ今までの担当者を応援に呼ぶ、と」
願ってもない話である。私がH課長にずっと進言していた案でもある。尤も課長には「二階だって人足りないんだよ」といつも一蹴されていたが。
「是非お願いしたいです。実現すれば一階は随分助かります」
「そうだよね。二階としても、在間さんが二階の衣料品のレジを覚えてくれるとありがたいしね」
二階のレジは、靴服飾雑貨のレジとはまた別に、覚えねばならないことがある。
「はあ、ここでも足引っ張ってますけど」
「大丈夫、よくやってくれてるよ」
K課長の「大丈夫」は不安にしかならないが、Nさんの「大丈夫」を聞くと本当に大丈夫かも、と思えるから不思議だ。
「そういうことなんで、Oさん退職後のレジシフトの作成はちょっと止めておいてね」
「わかりました」
じゃあね、とちょっと手を挙げて、Nさんは二階へ戻っていった。

この業界は、こういう「しっかりした人」のお陰で成り立っているのだと、いつも思う。前任のH課長にせよ、Nさんにせよ、いつも助けてくれる衣料のメンバーにせよ、皆さん仕事が好きで、いつも一生懸命である。そしてそこにぶら下がるように、K課長や私のような「出来ない」人間が存在して、仕事の真似事をして、職場をかき混ぜている。
そうやって職場は回っていく。不思議なものだと思う。

働きアリの集団には、一定数ぐうたらなアリがいるそうだ。全部のアリが精いっぱい働いていると、全員が疲れて集団としての生産性?が下がってしまうらしい。よく働くアリが疲れてペースが落ちてしまった時に、ぐうたらだったアリが蓄えておいた体力を使って働くと、群れ全体としての生産性は落ちないそうだ。だからぐうたらなアリを除去した群れには、必ずまたぐうたらなアリが出現するとか、聞いたことがある。動物って上手くできているなあ、と思う。
人間にも当てはまるのかなあ。じゃあK課長は我が店のぐうたらなアリ?なのかな。私の場合は効率の悪いアリだろう。
働き者の皆さんが疲れて効率を落としても、とてもとても私が間に合うとは思えない。効率の悪いアリなりに、出来ることをするだけである。