座右の銘
ウチは結婚以来、自分の家と言うものに住んだことが一度もない。最初は北陸、お次は関西、お次がここ関東である。段々南下していくのかと思っていたら、最後に東に進んでしまった。
もう夫は今年定年を迎えるが、会社からは引き続き今の部署で働いてくれと言われている…らしい。いずれにせよ、長くてあと五年もすればここからも転居しなければならない。
つまり次こそやっと「自分の家」に住むことになる予定である。
今の住まいは好立地だし使い易くて広いし、買い取れるなら買い取りたいくらいだ。が、大家さんはそんなこと思っていないだろうし、両親はどちらも関西にいて私達が戻ってくるのを今か今かと待っているから、今のところ必然的に関西に「帰る」ことになりそうである。
と言うわけで、今まで親に向かって「建てる建てる詐欺」をはたらいてきた夫も漸く、
「家の事考えんならんな」
と言うようになってきた。
私は生まれは都会で育ちは田舎、大学は都会で会社は田舎、結婚後はここに来るまでずっと田舎、なので自分の人生の大半の時間を田舎で過ごしている。だから私の身体は田舎暮らしが性に合っていると思う。
人が多いのは苦手だ。今の住まいの近所のマンション群を見る時、この全ての部屋に人間が入ってるんだ、と思うと頭がクラクラする。近所のちょっと大きな駅に行けば、地面から人が次々生えてくるような錯覚を覚える。だがこれらの人間一人一人全てに家族があり、心があり、人生があるんだと思うと、その一つ一つのドラマを拾ってみたい好奇心を抑えられなくなる。
が、自分がその中の一人になるのは気がすすまない。勝手なものである。
理想を現実にしようと思う時は、理想を口に出して言ってみてイメージを具体化するのが手っ取り早い。なので先日、夫に理想の新居について思うところを聞いてみた。新年を迎えるにあたり、夫婦の価値観のすり合わせを今の段階からしておこうと考えたのである。
「どこに住みたい?」
「○○が良いと思ってる」
夫の答えは幸いなことに私の考えと一緒だった。荒唐無稽な案ではない。夫の方の親戚が良い感じの距離感で散らばっている、のんびりした片田舎である。そこには二人暮らしにはおあつらえ向きの、舅名義の小さな土地がある。結婚当初から「家でも建てな」と言われていた土地だ。
「私は防音室が欲しい。庭は小さくてもいいから、畑もしたい。平屋建てが良い。薪ストーブが欲しい」
自分の理想の家を想像しながら、私は次々と希望を出していく。が、夫は寝ているような声で「うん、うん」と言うだけだ。しまいにはコタツの魔力に負けてぐうぐう寝てしまった。
関西行きの疲れも残っているのだろう。しょうがないので、いつものように放置して、台所の片付けをする。
別の日食後の団欒の時にあらためて聞いてみることにした。
「あんたはどんな家に住みたいの?」
夫はしばらく視線を上に向けて考えていたがややあって、
「んーお前とおんなじ」
と気のない返事をした。
「自分はこうしたい、っていうのないの?」
「うーん」
どうしようもない。空気の抜けたボールみたいだ。
夫の座右の銘は「ケ・セラセラ」なんだそうだ。なるようになる。なるようにしかならない。
いよいよ子供が進学だぞ、転校はさせたくないなあ、と言っていたらその一年前に転勤になった。中学高校の間は単身赴任も覚悟かなと言っていたら、SARSとタイの洪水に助けられて二度も海外赴任が無くなった。子供が東京の大学に進学したら、関東への転勤が決まった。
「流れに任せてきたけど、結局何もかも上手くいってるやんけ」
と言うのが夫の言である。確かに言う通りだ。
「目標、と思うわなくても『こうなりたいなあ』って言うのは私は持っておくよ」
と宣言したら、
「うんうん、それでええやんけ。今度もきっとええようになるって」
と言ってもう半分眠りかけている。
そうやね、今度もきっと思い通りになるね。
いつもありがとう。来年もよろしくね。
そう思いながら、またも寝てしまった夫に毛布をかけて風呂の用意を始めた。
新しい土地で初めて迎える正月には、久しぶりに子供が帰省する。一時期は考えられなかったことだ。夫の言う通り、なにもかも上手くいっている。
やがて建てるであろう家にも、沢山の笑顔が集えばいいと思っている。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。