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勘違いお爺様

昨日の朝、出勤して直ぐに売り場を覗くと、珍しく2階のレジ責任者のKさんが1階の私の居る売り場のレジにいるのが目に入った。
Kさんは男性の中堅社員で、2階の衣料品の総責任者である。私の居る靴・服飾雑貨売り場は、広義で衣料品の範疇に入るので、こちらの責任者が休みの折などは、ちょくちょく様子を覗きに来てくれる。
Kさんがいるという事は、何かトラブルがあったと言う事なので、ちょっと心配になってレジに急いだ。今日の早朝番はSさんである。
SさんはKさんのそばに立って、うつむいているようだった。

「あ、おはよう」
私を見るとKさんが片手を挙げて挨拶してくれた。いつもにこやかで爽やかである。
「おはようございます。何かあったんですか?」
Sさんの様子を横目で気にしながら、私はKさんに尋ねた。
「ちょっとね、大変なお客様だったんだよね?Sさん。一人では無理だよ。でもよく頑張ったよね」
Kさんは優しく言ったが、『大変なお客様』ってどんな方だったのだろう。
しょんぼりしているSさんの様子が益々気になった。

残念な事だが、この店では以前、お客様が従業員の胸ぐらをつかむような事が何度かあった、と聞いていた。その方は特定の常連で、従業員の間ではかなり警戒されており、来店されると必ずインカムで連絡が来る事になっている。警備員も近くをさり気なく巡回しに行く。
しかし昨日、Sさんは一人で早朝番をしていた。入社以来、初めてだったそうだ。咄嗟に助けは呼べなかった筈だ。

か弱げなSさんにそんな酷い事をする方が来たのだろうか。
Kさんに尋ねると、笑って
「違う違う。セクハラだよ」
と言ったので、もっとビックリした。

後からSさんがポツリポツリ話してくれた所によると、こうであった。
高齢の男性のお客様が、同じ靴を二足欲しい、と言って朝一番でご来店された。少し大きめでよく売れるサイズではない為、在庫が一足しかなく、Sさんはその旨お伝えした。
問題はその間の男性の行動だ。レジでSさんがそれを伝えている間中ずっと、ニヤニヤ笑いながらSさんの手首を掴み、腕をさすっていたというのである。

この男性、Kさんによると常連らしい。この方が来ると、レジを長時間占拠して女性のレジ係にひっついて離れない。男性であるKさんが隣のレジに入ると、スッと離れて行くそうだ。
Sさんはこの方の事を知らなかった為、気の毒な目にあうことになってしまった。

Sさんは抜けるように色が白い。指も細長く、とても綺麗な手をしている。男性にとっては格好の獲物だったのだろう。

聞けばもうかなりのご老人である。私の親でもおかしくない年齢だ。若いSさんにしたらおじいちゃんでもいいくらいだ。
その年齢で、女性にまだまだ興味津々と言うのは別に恥ずかしい事ではない。若々しくて、いいと思う。
だが、今回の行動は問題だ。

私の若い頃は"挨拶代わり"などと言って、平気でスカートの上からお尻を触る人種が一定数存在した。
当時はそれをセクハラだと騒ぐ事の方が、間違った事のように言われた。私達も、そのように思い込まされていた。
店長に来客があればお茶を出すのも、男性社員にそれぞれの灰皿を配って回るのも、女性社員の仕事だった。
当番制で、何の疑問も抱かずに、ただやるべきものとしてやっていた。

当時そういった女性社員の"ご奉仕"を、当然の事としてやってもらっていた世代が、今結構な高齢世代になっているのだろう。
ため息が出る。

どんなお客様もお客様である。でも、こっちだって人間だ。
人として双方の間にまともな線を引けない人は、どんな人であっても見ていて情けない。
腹が立つというより、
『晩節を汚さないで下さいよ』
と肩を叩いてあげたくなる。

今度ご来店の際は、Sさんを指名する、と言っておられたそうだ。Sさんは気味悪がっていた。
この勘違いお爺様にどうにかしてお灸をすえられないか、と昨日からあれこれ謀略を巡らせている。



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