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「失敗」という経験

「魚って高いよな」
先日帰省した子供がしみじみ言うのを聞いて、目が点になった。主婦の会話のようだったからだ。
「そうやねえ、一切れでも結構するよ」
「たまには食いたいんやけどなあ」
不思議に思って訳を聞くと、食費の節約のために自炊しているという。家にいる時は包丁を持ったこともない子だったから、ビックリしてしまった。春先に食事付きの寮から引っ越ししたため、食事は自分で用意しなければならない。いい加減なものを食べていないと良いが、と気になってはいて、「たまには家に食べに帰っておいで」なんて言っていたのだが、杞憂だったようだ。

なんでも近所のスーパーに週一回から二回程度行って、安い食材をまとめ買いし、まとめて料理して小分けし、冷凍しているという。手先の器用な子ではあるが、そこまでマメに料理男子をやっているとは思いもしなかった。
「餃子の皮って、結構枚数あるやん?まとめて餃子作ったら、何食分かになるやろ。冷凍しておいて、疲れてる時とかは作らんと、それ焼いて食うねん」
こんなセリフを我が子の口から聞くとは、意外だが嬉しい。ウチの夫のように「男子厨房に入らず」を忠実に実践していると、これから先の時代は結婚相手にも困ることになるかも知れない。本人の将来の為にもとても良いことじゃないか、と思う。

私はこの子が大学に入学する前、自炊なんて絶対しない、と決めつけていた。そして「我が子の身体の為には、食事付きの寮に入れてやらねば」と必死になっていた。一応本人の希望は聞いたが、子供は私の顔色を窺い、今から思えば全ての本音は話せていなかったと思う。私は子供が本音を出し切っていないのを薄々承知の上で、「親に従っておけば間違いない」とばかりに寮を押し付けたのだった。
尤も当時はコロナ第一波の始まりで、物件を見に行くことは出来なかったから、写真と間取り図を見て判断するしかなかった。発言権は圧倒的にお金を出す親の方にあったから、子供は従うしかなかったと思う。
もっと言いたいこともあったろうに、聞いてやれば良かった。

寮の費用は恐ろしく高かった。給料の三分の一程度を持って行かれた。それでも食費、光熱費込みだからこんなものだ、と私は自分に言い聞かせていた。子供を自分の思うような、安心なところに置いておきたい一心だった。

今回下宿を替える際、様々な手続きを子供と一緒に行った。礼金、敷金、手付金と高額なお金が次々と、当たり前のようにやり取りされるのを目にした子供は、
「沢山お金使わせてごめんなさい」
と自ら頭を下げた。
「いいよ、必要なんやから」
と言うと、
「オレ、今まで実感なかったから」
と言って申し訳なさそうに下を向いた。
それはそうだろう。全て私がお膳立てしたところに後からすっぽり収まっていた彼は、自分に関するお金の動きを殆ど見ていなかったのだ。そうやって彼の目を塞いでいたのは私だった。

引っ越し以来、子供のお金に対する意識は変わったようだ。必要なものでもちょっと高価かな、と思う時は
「相場よりちょっと高いから、○○円までは自分で出すので、残りを負担して欲しい」
という言い方をしてくるようになった。
子供が家にいる時、私達は必要なものまで出し渋っていた。子供にもそれを見せていたと思う。無駄を省くのは良いことだが、行き過ぎた節約は子供を精神的に追い込んでいたようだ。
かと思えば贅沢な寮に、自分の安心の為だけに子供を入れる。
彼はきっと訳が分からず、私に対する不信感を募らせていただろうと思う。

今、子供は自発的に家計簿をつけ、楽しみながら自炊している。
「お金の無駄遣いをしてはいけません」
なんて言わなくても、勝手に節約している。家に居た時は小遣い帳をつけたこともなかったのに。
こちらが構い過ぎていたのだ。信じて任せれば、多少の失敗をしながらも子供は自分で経験して自らの血肉にしていくのに、私は全部「安全」なように、「失敗しない」ように、先回りしてばかりいた。これは子供に対する「不信」の表れだとも言えた。
「失敗」を「経験」と捉える考え方ができていなかったのである。

子供はアルバイト先でも色んな失敗をするらしい。その度に誰かに助けられるそうだ。有難いと思うし、次からはこうしよう、と気を付けるようになるという。そして新しく入ったバイトが同じ失敗をしたら、今度は自分が救ってあげるようにしているそうだ。
そう話す子供はイキイキしていた。自分で経験し、失敗し、そこから学ぶ。自信はこうやってつくのだと、私は今更気付かされている。

余った肉を持って帰るか、と言ったら子供は大喜びして
「ええ肉やなあ!何の料理にしようかなあ」
とほくほくして鞄に詰めていた。
私も子供に学ばせてもらった。子供に辛い思いをさせてしまったけれど、私にも「失敗」という経験は大きな糧になっている。
帰っていくハツラツとした背中に、「ありがとう」と言って手を振った。
何があってもずっと応援してるよ!頑張れ!