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天国にいらっしゃるあなたへ

その人は突然コメント欄にやってきた。
たわいもない記事にそぐわない、大絶賛。この人、何者?薄気味悪く、正直不快に近い感情を覚えた。ブロックしようかな、なんて思いも頭をかすめた。
勿論顔は分からない。記事を読みに行ってみたら、編集関連の仕事をしていたとある。だが所詮、SNSのプロフィール。性別だって学歴だって、いくらでも詐称することが出来る。本当かどうか疑わしい。
コイツ、何を目論んでんねん?
疑り深い私は警戒しつつ、やんわりと距離をとることにした。

ところがその人はグイグイ来る人だった。是非話がしたい、いつだったら会えるか、そっちまで赴くから、と度重なる熱心なメール。文面から悪意は全く感じられず、私はすっかり戸惑ってしまった。
思い余って夫に相談すると、
「気をつけろ。ギョーカイ人やぞ。口八丁手八丁や。オレらの考えもつかんようなこと、やってくる人やろう。こっちの常識は通じひんぞ」
と益々警戒心を上書きされた。
あまりに熱心だったため、ある日夫の言葉をそのまま伝えてみた。すると、
「旦那さんも一緒にお目にかかりたい」
とのメールが来た。
これには夫も観念し、
「もうええわ。お前、いっぺん会うて来い」
ということになり、私はその人と会うことになった。

約束の日、その人とは駅の改札前で待ち合わせた。
文面から、斜に構えたハードボイルドなオジサマを想像していた私は、
「ミツルさん?」
と話しかけてきた御仁を見て息をのんでしまった。
二年間山籠もりして街におりてきた高田純次。
失礼ながら、その人を初めて見た時の私の印象である。

その人は熱い口調で様々な事を語って聞かせてくれた。
ご自分の経歴。出版業界の現状。私には全く未知の、遠い世界のことばかりで、驚きの連続だった。
特にその人の『書くこと』に対する熱い思いは、私を圧倒した。編集者ってこういう人なんだな、と思った。それまでサラリーマン的な印象しか持っていなかったから、物凄く意外だった。

こんな調子で二度ばかり会った。しかし三度目の約束の直前に、私がコロナに罹患してしまった。
免疫抑制剤を常用されていることは聞いていたので、すぐさま連絡を入れ、面会の中止を申し出た。
「大丈夫か」
「無理はするな」
何度も連絡を下さった。
静かだけれどどこか豪放さを感じさせる語り口調のその人が、正体の知れないこの病を、そして死というものを本当はとても恐れているのが文面から伝わってきた。

その後メールだけでやり取りをする中で、やや考え方の相違が出てきてしまい、私は再びその人と少し距離をとるようになっていた。
そして三度目のランチを共にすることなく、その人とは突然二度と会えなくなってしまったのだった。

天国にいらっしゃるあなたへ

そちらは暖かいですか。きっと今頃、誰にとがめられることもなく、ゆっくりと紫煙を燻らせておられることでしょう。
今でも駅のホームから、あなたと話し込んだカフェの片隅の席を見ると、あなたの事を思い出します。三度目はちょっと面白い店を予約していたんですけど、もうあなたとは永遠に行けなくなってしまいました。
あなたが待っていて下さった改札前のお花屋さんはちょっと前に閉店して、今は美味しそうな焼き立てパン屋さんが出来ています。アップルパイが人気なんだそうですよ。きっと気前のいいあなただったら山ほど買って、
「ミツルさん、ホイっ」
と差し出してくれそうだなあ、なんて思って眺めています。

今でもあなたとお喋りした長いようで短い時間を思い、あれは本当に私の身に起こった事だったのだろうかと、不思議な気持ちになる時もあります。
でも、全ては必然。
あなたと出会ったのも、ああいう形でお別れしなければならなかったのも、全部『運命』だったのだと今は静かに思います。
大袈裟だとお笑いになりますか?

私は人生の後半を、二人の人に変えてもらったと思っています。
一人は加藤なほさん。もう一人はあなたです。
なほさんは私に、生まれてきた意味に気付くきっかけを与えてくれた。あなたはその私の背中を押してくれた。紆余曲折を経て、最近そんな風に思うようになりました。
ちょっと強引な押し方で、つんのめりそうになりましたが。

あなたがあちらの世界に旅立って、早いもので一年以上の時が流れました。
「noteは続けなよ。人に読まれる文章を書くというのは良いもんだ」
こういって微笑んで、手を振って改札に消えていったあなた。まさか最後に聞く言葉になるとは思いもしませんでした。
お言葉通り、楽しみながら続けています。色んな事を学ばせてくれる、本当に有難く温かい場です。
あなたが繋いで下さったご縁も、沢山あります。
学びを与えて下さる皆様には感謝しかありません。

ご心配なく。私は相変わらず元気で日中の僅かな時間、空想の世界に遊んでいます。
これからもそうするつもりです。それが私の生きる道ですから。
どうぞずっと見守っていて下さいね。
お世話になり、ありがとうございました。

ミツルより

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お読み下さる皆様へ
いつもありがとうございます。
ずっと書けなかった内容を漸く書くことが出来ました。

今年も拙い記事をお読み頂き、ありがとうございました。
おかげさまで無事に新年を迎えることが出来そうです。
来年もよろしくお願い申し上げます。
お元気で、良い年をお迎えください。

2023年12月31日

在間 ミツル