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幸せな誕生日

9月30日は早朝勤務の日になっていた。
夫は姑を転院させる相談を病院側とする為、有給休暇を取って関西に出向くことになっていた。一泊の予定だ。
朝起きてくるなり、玖保キリコさんの『いまどきのこども』に出てくるトンガラシ君みたいな頭のまま目をこすりながら、
「おはよう。おめでとう」
と言ってくれて、おお珍しく忘れてなかったか、と感心した。
ありがとう、これからもよろしくね、と言って一緒に朝食をとった。

一緒に家を出て、しばらく歩く。私の職場であるスーパーの前まできた。ここから夫は駅に、私は職場に向かう。
「あんなとこが従業員通用口なんか?」
ちょっと目立たない、階段の影になった所をみて夫が言う。
「うんそう。気を付けて。お母さんとお父さんとお姉さんによろしくね」
「おう」
お互いに軽く手を振って別れる。
私は入り口で警備員さんに元気よく挨拶した。警備員さんはニコリともせず、めんどくさそうに気だるい挨拶を返してくれた。ちょっと苦笑して、更衣室に向かう。

最近売り場が倍くらいに広がったので、開店前の掃除が大変だ。
掃除が途中でも、開店2分前には正面出入り口の自動ドアの前にスタンバイする。副店長の「開店します!」の声に合わせて衣料品担当のKさんと一緒にドアを引く。
朝の開店時、ドアは事故を防ぐ為手動にしてある。したがって結構重い。
せーの、でチャイムに合わせて開けて、すぐさまお客様にご挨拶。「おはようございます」と返して下さる方は大抵いつも同じ方だ。

開店後も掃除を続けていると、服飾のレジ係のSさんがやってきた。今日は非番の筈だ。どうしたのだろう、と思って寄っていくと、
「在間さん、この前ありがとうございました。なかなかシフトが合わないから、今日持ってきました」
と言って、貸してあげたエプロンを渡してくれた。
先日Sさんが忘れて困っていたので、私のロッカーに置いていた予備の分を貸したのである。支給は2着なので別に困らないからいつでも良いよ、と言っておいたのだが、律儀で真面目な彼女はわざわざ返しに来てくれた。
『本当に助かりました。ありがとうございました!これからもよろしくお願いします』
というSさんの綺麗な字で綴られた小さな手紙とお菓子がついていた。読んでほっこりと胸が暖かくなった。

服飾雑貨売り場では今日から、今まで扱っていなかったアクセサリーを新しく搬入するというので、業者さんが来ていた。ものすごくマッチョな、まつ毛長めの若いお兄さんである。大きなムキムキの腕に、可愛いピアスやカチューシャを沢山抱えてやってきた。黙々と陳列していく。
「なんか、あの人ギャップ萌えします~」
Oさんが笑う。並べている最中からお客様が次々とやってきてお兄さんと言葉を交わし、買っていかれる。お兄さんは嬉しそうである。私はOさんと目を見合わせて笑った。

帰宅して、夕飯前に花壇に水やり。朝顔の後は、チューリップとネモフィラとアリッサム。無事に育っておくれよ。
夕飯はちらし寿司に純米吟醸で一人酒。Sさんから貰ったお菓子を食後に頂く。
食事しながら、母と友人からのおめでとうのLINEに「これからもよろしく」と返信を返す。
友人の誕生日は3日後だ。忘れないようにメッセージ送らないと。

夫から電話で病院での首尾を聞く。転院先がうまく決まるといいね、という話になった。夫は姉夫婦と久し振りに夕飯を食べたそうだ。今日姑宅の片づけをして、明日の夕方帰宅する。お疲れさん、とねぎらって電話を切った。

ああ、幸せな誕生日だった。