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本日も怒髪天なり

今日出勤して直ぐに課の伝達ノートを見ると、課長の字で
「おはようございます。本日は一年で一番忙しい日になります。私はお休みを頂きますが、皆様宜しくお願いします H」
との記載があった。
課長は20日までに休みを取らないと勤務時間が超過してしまうらしく、消去法で今日しか休む日がなかった、と昨日言っていた。
「おはようございます!課長休みだけど頑張りましょうね!!」
Mさんが張り切って声をかけてくれる。自ら志願して、先日パートタイマーから準社員に昇格したMさんは、ここのところ傍目にもはっきりわかるくらい張り切っている。そのうちばったり倒れないか、皆で心配しているくらいである。

ウチの売り場の隣には、鞄を扱っているテナントが入っている。壁や仕切りがわかりづらく、たまにウチの商品をお客様が向こうのレジに持っていってしまったりする。逆のケースもある。
店員は当然スーパーの社員ではないが、会えば普通に挨拶もするし、たまに『ウチには扱いないんですけど、そちらにあります?』なんてやり取りもお互いにある。込み入った話こそしないが、皆さん気持ちの良い方ばかりである。
このテナント、実は来月には閉店撤退が決まっており、今は売りつくしセール中で結構忙しい。応援の店員も沢山来ているが、追いついていないようだ。

今朝は課長の予言通り、沢山のお客様がひっきりなしで、ウチのレジも大変だった。Mさんと二人でなんとかこなしている時、隣のテナントから突然大きな怒鳴り声が聴こえた。Mさんと私は一瞬目を見合わせた。まだ怒鳴っている。結構長いぞ。これはマズイかもしれない。
私は警備員を呼ぼうか、とインカムの通話ボタンに手をやって隣の様子に神経を向けて準備していた。
テナントはインカムを持っていないから、もしもの時には事務所に電話をかけるか、直接警備員詰所まで走らねばならない。Mさんもレジ対応をしながらチラチラ見ている。

そのうち、テナントの店員がこちらにやってきた。ウチがあまりに混んでいるので、待っていてくれたようだ。
「あの…お客様が靴のサイズを探して欲しいみたいなんです…さっき、『ウチの商品ではありません』って言ったらとてもお怒りになられて…すいません」
さっきの怒声はこの店員に向けられたものだったのか。気の毒になった。
「あ、ありがとうございます。大丈夫でしたか?警備員呼ぼうかと思いました」
私が店員にそう話した瞬間、
「ワシの言う事がきけんのか!」
という古典的頑固親父風な怒声が飛んできた。店員と一緒に振り返ると、靴の棚の前に真っ赤な顔をして怒っているオヤジが仁王立ちしている。
店員はオヤジの怒声に、ビクッと肩をすくめた。
「お伺いしてきますから、お店戻って下さい。ありがとうございました」
私は店員をかえすと、真っ赤なオヤジに
「お待たせして申し訳ございません」
と言って近付いた。

すると真っ赤なオヤジは、
「どいつもこいつも!この店は最悪だ!もう要らん!」
と悪口雑言罵詈雑言の限りを大声で撒き散らしながら、ドスドスと歩いて出口に向かっていった。
最悪なんはオマエじゃ!私は心の中で舌を出しながら、
「申し訳ございませんでした!」
とお辞儀してオヤジの背中を見送った。

「大丈夫でした?」
半分涙声で言いながらさっきの店員が走り寄ってきてくれた。なんてことはない。もっと手こずるかと思ったら結構直ぐに立ち去ってくれたので拍子抜けしてしまった。
「大丈夫ですよ。そちらこそ、怖かったでしょう」
店員は気の毒なくらい何度もすいません、すいませんと謝ってくれた。

その時丁度Oさんが出勤してきた。ワサワサした雰囲気は直ぐ伝わる。
「なんかありました?」
そういうOさんに真っ赤なオヤジの話をすると、Oさんはふうっと顔を上に向けて、
「血管切れるぞ」
とポツッと言ったので、私もMさんも吹き出してしまった。

どういう人なんだろう。
見ず知らずの人にああいう怒声を思い切り浴びせられるって。
人に怒鳴るって言う事は、人以上に自分を傷付ける事なのに。
そんなに嫌なことがあったのかな。
そんなに心が塞ぐ事があったのかな。
そんなに誰にも相手にされない人生なのかな。
そんなに誰にも微笑んでもらえなかったのかな。

こういう人を見ると、いつもこう思わずにはいられない。
お前はおかしいぞ、と怒るのは違う気がする。私はただ虚しい。でも同情ではない。
世の中が何か大事な事を忘れているような気がずっとしている。もどかしいような思いが常にある。




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