ファッションショーは鏡の前でどうぞ
ゴールデンウイーク中日の昨日はご来店されるお客様もあまり多くなかったが、一応特売期間になっているので、それ目当てのお客様は結構来られた。
キャリーケースは今買えば一割引きである。この辺の学校事情はよく知らないが、近々修学旅行がある学校が多いらしい。そんな感じの親子連れが大勢来られた。
少しでも安く準備したい親御さんのお気持ちがよく分かる。この時期は色々お金かかるよねえ、と昔を思い出しながら眺めていた。
急に暑くなったせいだろう、日傘や帽子をお買い上げになる方も多かった。
皆さんレジで『すぐ使います』と仰る。値札を切って、お渡しする。大抵は『ありがとう』とお礼を言って足早に立ち去って行かれる。
しかしこういう時、稀に時間のかかる方がいらっしゃる。昨日のお客様がそうだった。
七十代後半くらいの女性のお客様お二人連れ。
一人が帽子をお持ちになった。首の後ろに長めの布がついている、ちょっとエレガント?な雰囲気のものである。
お会計をしようとすると、買わない方の一人が、やおら帽子を手に取った。
「ねえ、あんた、もういっぺん被ってみなさいよ」
しきりにもう一人の女性に勧める。この女性の帽子じゃないよねえ?と思っていると、
「さっき被ったじゃない」
と購入する女性は遮って、財布を出そうとする。
「いろいろ被ったから覚えてないのよ。どんな感じだったかしら。もういっぺん見せてよ」
ご友人はどうしても見たいらしい。購入してから被れば良いのに、と思っていると、
「え~じゃあ被ろうか?」
と購入する女性が渋々被ってみる。するとそれを見たご友人は、
「あらやだ、さっきの方が良かったんじゃない?ホラ、黒の」
と助言する。ああ、要らん事言うでない、と心で呟く。
「あら、そうかしら」
購入する女性は迷いだした。ヤバイ流れである。ご友人は勢いを得てハッパをかける。
「そうよ」
「でもあれって顔映りが暗くなかった?」
購入する女性はやっぱりこれが良いらしい。自分が良いと思ったんやもんねえ、と思っていると、
「そうかしら。絶対さっきの方が良いわよ」
とご友人がまた口を挟む。
ああ、長くなるパターンだ。終わりが見えない。
断っておくが、購入するおつもりでレジに来られた上で、お二人はこの会話をなさっている。テンポが良すぎて、遮る隙がない。
目の前にお客様がいらっしゃり、商品がレジ台に置かれている段階で私は身動きが取れない。精算を済ませるか、『やっぱりやめるわ』と商品を手放されるか、どちらかにして頂かないと非常に困る。それを暗に伝えたいが、二人は会話に夢中である。
そうこうするうちに、後ろには人が並び始めた。二人の老婦人の方を伸び上がるようにして眺めている。早くして欲しいのはお客様も同じだ。
「恐れ入りますが、お待ちのお客様がいらっしゃいますので、一旦お譲り頂けますでしょうか?」
失礼を承知で、侃々諤々やっているお二人にエイヤっと声をかけて、会話を遮った。
「あらやだ、ごめんなさいね」
二人は慌ててその場を退いた。商品は買わないままであるが、一応ホッとして私は次のお客様を呼んだ。
一波去ってほっとしていると、
「ね、店員さん。この人こっちの方が似合うわよねえ?」
と声をかけられる。振り向くとさっきの二人連れである。
二つのデザインで迷っておられるようだが、正直言うとどっちでもいい。それよりまだ迷ってたんだ、と驚いた。
「私はこっちって言ってんだけど」
お買い求めになる方のご婦人が困ったように言う。
お金を出す人が決めれば良いのに、貴女の帽子でしょうが、と言いたかったが、曖昧に笑っておくだけにする。
結局、圧の強いご友人の意見は通らず、購入するご婦人が選んだものをお買い求めになられた。
長い接客だった。ヤレヤレである。
こうやってレジ前で躊躇なさる方は、一定数いらっしゃる。お二人連れに限らない。
私なぞはどれを買うか決めてからレジに向かうのが当然だ、と思っているので、こういう行動が理解できない。
もしかしたらこういう方々は、周りよりもゆっくりと時間が流れているのかも知れない。決めるのもゆっくり。買うのもゆっくり。後ろに人が並んでいようが、レジ係が困っていようが、関知しない。困った事だが、『焦る』の二文字はこういう方々の辞書にはないのだろう。
どこまでも『マイ・ウエイ』である。ある意味強い。呆れるを通り越して感心する。
迷うのも楽しみなのか。まあ周囲に迷惑をかけなければ、それもいい。
でも店側としては混んでいる時のレジ前で迷うのは、極力お止め頂きたい。
ファッションショーは鏡の前でお願いします。