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「どうぞ」の袋

三十歳くらいまで勤めていた会社では営業をやっていた。男女雇用機会均等法がやっと世の中に浸透しようとし始めた頃だったから、まだまだ実情はそれまで通りで、外回りをする女性に対する風当たりのきつさを感じることも社内外でままあった。
特に同性の『やっかみ』は人によっては非常にあからさまで、眉を顰めたくなるような時も何度かあった。でも殆どの人は好意的で、母のように、姉のように応援してくれた。
Tさんはそんな一人である。私の一年先輩だった。人気の窓口担当で、外回り先でも「あの人感じ良くてしっかりしていて好き」と仰るお客様の声を沢山聞いた。
細やかなさりげない気遣いのできる、笑顔の素敵な人だった。

店の更衣室は最上階の三階にあった。夏は屋根に太陽が直に降り注ぐため、冷房効率が悪い。いつも暑い部屋だった。
他の部署の職員は余程のことがない限り、遅くても七時までには退店してしまう。私達外回りは仕事が終わると、冷房が停まって暑いシンとした更衣室で、いつも黙々と着替えていた。
更衣室には小さなテーブルが置いてあり、誰かが行ってきた旅行のお土産などがよく置いてあった。先に帰る人が当然先にそれらを貰って帰ることになるから、私達が帰る頃には空箱のみ無造作に置かれていることもしょっちゅうだった。
お土産のお菓子の一つや二つ、どうっていう事はないけれど、ちょっと寂しいような気がしたものだった。

当時、店には大勢のパートの女性がいた。彼女たちが仕事を上がる時間は私達より随分早い。当然更衣室にも早く上がるので、お土産をいち早く手にすることになる。
「お菓子がありますよ~」
とお互いで声を掛け合い、我勝ちに持って帰る。彼女たちの勢いは凄まじく、私達は『ハイエナみたい』と密かに言っていたくらいだった。
箱を開けたばかりだから、お菓子の数は沢山あるし、みんなが一つずつ持って帰ってもまだ残っている。ただ、最後に帰る私達の分まであるかどうか、は誰も気にしない。もし見るからに足りなさそうでも、お土産くらい貰えなくたって別に良いだろう、と思うのだろう。まあこちらもたいして期待もしていなかった。
かくしてこのおばさま方の襲撃の後、窓口の職員が残ったお土産を持ち帰り、それでもまだ残りがあれば私達外回りが持ち帰る・・・というのがいつものパターンだった。

ある時、いつものように仕事を終えて更衣室に上がってくると、私のロッカーの前に小さな茶色い紙袋が置いてあった。なんだろうと思って手に取って裏返すと、袋の端が少し折り曲げられて、『どうぞ』と可愛らしい小さな字でプリントされたシールが貼ってあった。
開けると中にはクッキーが二つと短い手紙が入っていた。
『お疲れ!○○に行ってきたお土産です。帰る頃にはいつも多分なくなっちゃってると思うので』
Tさんの見慣れた字が書いてあった。
思わずホッと和んでしまった。

Tさんは旅行が趣味で、マメにあちこち出かけては店にお土産を持ってきてくれる人だった。
翌日クッキーのお礼を言うと、
「ごめんな~。なるべく数の多いの買って帰るんやけど、人数多いから多分いつも最後の人の分はなくなってるやろうなあ、と思っててん。先に取り分けておいたら、大丈夫かなって思って」
そう言ってニコッと笑った。
クッキーが欲しかったわけではないけれど、最後に帰る私達のことを気遣ってくれたことが嬉しかった。
それからも『どうぞ』の小さな袋は、私達のロッカーの前に何度も置いてあった。それを見る度に、じんわりと暖かい気分になったものだった。

Tさんとは今も交流がある。北陸に住んでいた時は、旅行でやってきたTさんと子供を連れて再会したこともあった。短かったが楽しい時間だった。
私は可愛い物が大好きなTさんに、小さな文具やシールなどを見つけると今でも時々送っている。
その封筒に封をする時、いつもあの『どうぞ』の小さなシールを思い出す。