見出し画像

ご来店をお待ち申し上げております

自分はかつてスーパーに一度だけ電話したことがある。
買った魚の切り身の中に、蠢く姿を見たからだ。大慌てで架けたところ、出てくれた鮮魚の担当者は慣れた様子で、
「あ、寄生虫です。十分加熱すれば安全にお召し上がり頂けます。気持ち悪ければお取替えいたしますが、その切り身にいないとは限りません」
と言われてしまい、やむなく虫のいる部分を捨てて残りを調理した。
アニサキスという虫についてその頃はあまり知られていなかった。私のようにびっくりして連絡する人が増えたのか、最近は随分周知されてきているように思う。

このような状況なら電話するのも許されると思うが、普通スーパーに電話しようとはなかなか思わないものだろう。
が、今いる売り場には時折回答に困るような電話がかかってきて、対応に苦慮することがある。

「靴売り場にお電話です」
というざっくりした取次は、大抵こういった電話の予感がする。先日はこうだった。
「28センチの上履きが欲しいんだけど、置いてますか?」
上履き、と一口に言っても子供用、大人用、介護用、様々な種類がある上に、紐靴とマジックテープ式のものがあるし、色も大人用で二種、子供用は何種かある。サイズ展開は27センチまで。28センチだと、メーカーに在庫の有無を問い合わせて、取り寄せしなければならない。
で、こういう質問をすることになる。
「子供用ですか、大人用ですか、お色は?」
「紐ですか、マジックテープ式ですか?」
そして実は上履きのサイズ感というのは普通の靴とは少し違う。大抵の人は普段よりやや小さめのサイズをお求めになる。結局は履いていただいて確認してもらうしかない。しかも店で扱いがない取り寄せした商品は、サイズが合おうが好みでなかろうが、必ずお買い上げいただくことになっている。

それを丁寧に説明する。
なのに、こういうお客様は食い下がる。
「いつもの靴は28センチなんですよ。28センチでいけるでしょ?」
私はお客様の足を見たこともないし、サイズ感なんて本人しかわからない。
「そうですねえ、サイズ感はお一人ずつ違いますので、お電話ではなんとも申し上げられません。是非ご来店の上、お試し履きして下さいませ」
この返答以上に適切な答えがあったら教えてもらいたい。だのに、
「どうして?大体でいいのよ。わかるでしょ?」
と苛立つお客様には、戸惑いつつ受話器を手で塞いで、そっとため息をつく。

理不尽な電話が架かってくるのは、靴だけではない。先日はこんな電話だった。
「沢山入るリュックが欲しいんだけど、ありますか?」
私は決して話を盛っていない。正真正銘本当の話である。
何をもって沢山というのか、皆目わからない。
リッター数で内容量は表示はされているが、あれは実際に水を入れてみているのではない。各メーカーで、大体その容量に近い詰め物を用意しており、入れてみて入れば何リットル、と表示しているだけである。従ってかなりアバウトなものだ。
「沢山とおっしゃいますと…大体何リッターくらいのものをお探しでしょうか?」
当然聞き返さざるを得ない。
「そうねえ、臨海学校に使うくらいよ」
意味不明である。リッター数ではない。が、こんなことくらいでへこたれるわけにはいかないので、相手に合わせることに注力する。
「お子さんが臨海学校に行かれるのにお入り用なんですね?」
この答えがリッター数だったら、私の当初の目的は果たされたことになる。一か八か。
「そうなの」
ああ、ダメだったか。『通じた』お客様は嬉しそうだ。が、こちらの戸惑いは増すばかりである。やむなく変化球を投げてみる。
「男の子さんでらっしゃいますか?」
「いいえ、女の子」
うーん。うちで扱っている大きいリュックというのは、殆ど部活動の中高生向けのものである。黒っぽいものが大半だ。そのことを告げると、
「でも…女の子でも持って良いわよね?」
まあ持っていけない、という法律はない。昨今はユニセックスな商品も増えているし。
「ただ、お荷物の量にもよりますし、体格にもよりますので、一度ご本人が背負ってみられるのが一番よろしいかと思います」
極めて適当な言葉であることは疑う余地がないところだと思う。
が、こういうお客様はねばる。
「あるのよね?臨海学校に適当なリュックなのよね?」
残念ながら日本語が通じない。通訳不能である。先程の言葉を繰り返すことになる。
結局、
「もういいわ!他のお店で聞くから!」
とご立腹されて、一方的に電話を切られてしまう。
静かに受話器を置きながら、かわいそうな店が他にも出るんだなあ、と思う。

お願いします、お客様。
どうぞ実際に現物をご確認の上、お買い求め下さいませ。
従業員一同、ご来店を心よりお待ち申し上げております。