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私、頑張らなきゃ

近年、我々接客業界の人間の、服装や髪型などの自由度は随分増した。夏場の男性社員は、最早ネクタイなしの方が主流になりつつある。
金髪はダメでも茶髪はオーケーとか、ネイルは派手な装飾を施さなければ良いとか、そういうところも増えてきたように思う。
要はお客様に不快感を抱かせず、清潔感があり、気持ちよく愛想よく接客できる人間なら外見は問題ない、ということなんだろう。それをみて苦情を言うお客様が少なくなってきた、ということでもある。
やっと人間の通常感覚に、日本社会が追いつきつつあるように感じる。

しかし残念なことに、わが社はこの点、非常に遅れている。
髪の色を染めること自体が『許可』されたのがつい昨年である。それも、買収された親会社に合わせる形で渋々、という具合である。
先日、この点について店長から全職員を集める形で、説明会が行われた。
この説明会すらも親会社からの要請で、無理矢理開かされたようなものらしい。暗黙のうちに、旧の社内規定に従うことが推奨されている店が多く、一部の社員から問題提起があったようだ。
私は茶髪にも金髪にも緑髪にもする予定はないが、一応『全職員に直接説明して徹底せよ』というお達しだったようで、必ず参加するように言われていた。くだらないとは思ったが、休憩時間を取るつもりで気軽に参加した。

説明会のある部屋に入って、一番後ろの椅子に座った。メインで聞くのはきっと若い社員になるだろう、と思ったから、パートの私は一番悪い席を自ら選んだのである。
他の部署からも続々と人が集まり始めた。開始時間には約三十人ほどが大人しく席についていた。
私の横には事務所のベテランパートのIさんと、衣料担当の若手社員、Mさんが座った。
やがてドアが閉められ、店長がマイクを手に説明を始めた。

給料の話、有休休暇の話などが続いた後、服装規定の改定の話になった。
店長は恐らく、私と同世代である。従業員を前に、少し声のトーンを上げた。
「えー皆さんご存知のように、当社は昨年、髪の毛の色について規定を改めました。以前は『部分的な茶色のみ認める』ということでしたが、現在は『何色にしても良い』ということになっております。再確認したいと思います」
店長の声には力が入っていたが、聞いている皆の雰囲気はシラッとしたものだった。
当たり前だ。皆とっくの昔に知っている。なんなら店長が来る前から知っている。
既に店には何人か、金髪や緑髪の従業員もいる。何を今更言うのだろう、という空気になるのも当たり前だ。忙しい業務の合間を縫って、仕事の手を止めさせて、人を集めてわざわざ喧伝することでもあるまいに、とは思ったが、こうでもしないと管理職の旧い認識は変わらない、という親会社の判断なのだろう、と思いつつ聞いていた。

シラケた空気を察したのか、店長は更に声を張り上げてこう言った。
「えー、『何色にしても良い』となりましたが、これは『様々なことを皆さんの自主判断にお任せする』ということでもあります。従いまして、髪を染める従業員に於かれましては、染める前よりもなお一層、礼儀正しく、お客様に失礼のないように振舞ってもらわねばならない、ということであります。『自由』の意味をはき違えないように、よろしくお願い申し上げます」
ううん、なんだそりゃ。多分後半部分の行は店長独自の言葉だ。少なくとも私はそんなこと、初耳である。
思わず首を大きく傾げてしまった。横にいるIさんが、そんな私を横目で見ながらクスリと肩をそびやかす。

ここは昭和の校則の厳しい学校かい、と内心呆れていたら、
「そうなんだあ~じゃあ私、頑張らなきゃ」
とのんびり呟く声が聞こえてきて、意表を突かれた。
声の主は横に座っていたMさんである。

Mさんは肩に触れる部分の髪だけを赤にしている。
色白でなかなかの別嬪さんなので、とてもよく似合っている。社の規定が変わってすぐに染めたらしい。
物事の判断が早く、接客態度も良い。仕事の出来る社員さんである。
私がクスクス笑っていると、Mさんは私を見て、悪戯っぽく鼻に皺を寄せてニヤッと笑った。
Iさんと二人、そっと笑いを堪えた。

会社のやり方には大いに疑問が残ったけど、Mさんのカワイイ反撃?にちょっと和ませてもらった。
この会社はもう少し、従業員を信頼しても良いんじゃなかろうか。
もうみんなとっくに、あなた方より随分先の認識を持っていますよー、と言いたくなった出来事だった。














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