見出し画像

雨のちハレルヤ

その日午後一時頃までは、私の厄日だった。
朝出勤するとまず、お見分け商品の保管庫の鍵を開けねばならない。この鍵はダイヤル式の南京錠なのだが、最近壊れて新調された。
前のはダイヤルの数字が大きく見やすかったので、ちょっと触るだけで素早く開けられたのだが、新しい鍵は数字が小さく、老眼の身にはとても辛い。開錠に時間がかかってしまい、売場に行くのが遅くなってしまう。
朝は一分一秒が惜しいというのに、もどかしい思いをすることが多くなってしまったのだが、今朝は何故かいつも以上に手間取ってしまった。

開店して暫くすると、お客様が
「ちょっと、お財布の忘れ物があるわよ!」
と言いに来て下さった。見ると帽子の間に長財布が堂々と置かれている。手に取るとかなりの厚みがあり、カード類なども沢山入っていそうだった。お客様にお礼を言って、急いでサービスカウンターに届けに行く。
係のOさんと一緒に開けると、身分証明になりそうなものも何枚か入っている。きっとかなり困っていらっしゃるだろう。
「あとは任せて下さい」
というOさんに預けて、走ってレジに戻ると、お客様がお待ちだったので、慌ててお預かりする。
この『慌てて』がいけなかった。

お客様をお見送りした後、
「おはようございます」
とDさんが出勤してきた。少し喋って、ふとレジ台の横を見るともなしに見て、あっと声を上げてしまった。
ウチのスーパーは毎月十五日まで、あるカードをご使用のお客様に、そのカード会社が発行する割引チケットが使えることになっている。お買い上げ金額の五パーセントが割引になる。使えるのは期間中の一日だけ。紙製で、日付をレジ担当者がチケットに記入してお客様に返却することになっているのだが、私はこれをうっかり返却し忘れていたのである。
これを提示しないとお客様は割引が受けられない。名前などは記入がないので、なんというお客様だったのかはわからない。
私はDさんにレジ番を頼んで、またサービスカウンターに走った。お客様からお問い合わせがあった時、連絡してもらうためである。
ああ、久しぶりにやらかしてしまった。

十一時になり、Nさんが出勤してきてやっと三人体制になった。
暫くは平和だったのだが、帰る直前、大量のハンカチ購入のお客様がご来店。配送をご希望だったので配送料を頂き、お見送りしてすぐに、配送伝票の控えをお渡ししていなかったことに気付く。
Dさんが走って追いかけてくれて、なんとかお客様にお渡しできた。
ホッとしたのも束の間、
「あれ?レシートの写し、取ってないの?」
Dさんに言われて、あっとまた慌てる羽目になった。配送は商品の特定の為、レシートの写しを必ず取る決まりである。
こちらはNさんが
「こうやったら再発行できるんじゃないですか?」
と言って、なんとかしてくれた。Nさん、後輩なのにスイマセン。
ああ、またやってしまった。今日はやらかす日だなあ。

やっとあがれると思ったら、最後の最後に長いお客様に捕まり、帰るのが十五分も遅れた。はあ、今日は初めから最後までツイてない。
気分最悪で帰途に就いた。

帰る途中にいつもの店でリードを買う。
するとたまたまタイミング良く、リードが割引の日だった。一割引きは大きい。ツイてるなあ。ちょっと気分が上がる。
割引チケットのお客様が気になって、もう一度店に立ち寄ると、Dさんが
「あのお客様来て下さったよ!『うっかりしててごめんなさいね』って、仰ってたよ。ちゃんと謝っておいたからね。良かったね!」
と笑顔で言ってくれたので、本当に安堵した。
サービスカウンターに告げに行くと、
「良かったじゃない!朝の財布のお客様もさっき来られて、凄くお礼仰ってたよ」
とOさんがにこやかに伝えてくれた。
ああ、何もかも上手く行った。肩の力が抜ける。有難い。
家に帰ってポストを覗くと、九月に会いに行った名古屋のなほさんからの封筒が届いていた。開けると先日撮って下さった写真と、嬉しい文章が書かれたカードが入っていた。
物凄く気分が上がった。
私は本当に人に恵まれてる。心からそう思えた。

朝からどしゃぶりの気分だったけれど、とても良い気分で一日を終えられそうだ。
うっかりは感心できないが、おかげで一緒に働く人への感謝の気持ちを再確認できた。寛容なお客様にも、あらためて有難いという気持ちが芽生えた。
どんな時も自分をあたたかく見守ってくれる人の存在も、再び心に深く刻んだ。
私は『一見良くない事』によって、一旦は酷く落ち込んだけれど、最終的には色んな人のお陰で幸せになった。『良くない事』が起こらなければ、この幸せに気付くことはなかったと思うと不思議である。
起こる出来事に良いも悪いもなく、意味づけしているのはただ自分だけなのだな、とつくづく思えた一日だった。