筆を選ばず
(注:表題写真はオーボエのリードである)
湿度の高い時期はクラリネット奏者泣かせである。
振動媒体である『リード』の状態が、不安定になるからだ。
上手な人ならなんとも思わないのかも知れないが、私は苦手である。
この『リード』はケーンという植物を削って作られている。ケーンは日本で言う『葦』の仲間だが、日本の葦ではリードは作れない、と聞いたことがある。
私の使っているリードは多くのリードと同じく、フランス製である。ケーンは現地では籐のように、家具等に使われているらしい。家具に使用出来ないような物がリードになるとか、オーボエ奏者の宮本文昭さんの本で読んだ事があるように思うが、定かではない。
このリード、湿気を吸うと『重く』なる。『重く』というのは吹奏感のことだ。反応が悪いというか、思うように振動してくれない。
振動媒体が震えてくれないという事で、楽器の鳴りが悪くなる。息を入れても、思うように反応してくれない。思うようにコントロール出来ない。
勿論、大いに私の技量不足なのだろうが。
どんな楽器でも、一番大事なのは『マウスピース』、リードを使用する楽器ならそれに加えて『リード』である。
これらがお粗末だと、どんな高級な楽器を用意しても無駄と言って良いと思う。発音部分を疎かにして、良い音もへったくれもないのだ。
この『リード』、本番中に突然乾燥してパリパリになったり、湿度を吸い過ぎてグッと重くなったり、気難しい。
『のだめカンタービレ』(二宮恵子:作)という有名な漫画がある。この漫画で、構造は違うがクラリネットと同じくリード楽器である、オーボエの名手の黒木君(実写版では福士誠治さんが演じた)が、リードを水に長い時間つけすぎてコンクールで大失敗する、というシーンがある。
オーボエのリードも同じくケーンが材料である。調整を失敗すると、名手でも悲惨な演奏になってしまうという、良い例だと思う。
クラリネットのリードはオーボエのように水につけたりはしない。口の中、つまり唾液で濡らす。一説には唾液の中に含まれるカルシウムがリードに作用するという。
が、これも諸説ある。唾液を嫌って水に浸す人もいる。どうするのが正解、というのは人によって色々のようだ。
クラリネットのリードは大体10枚くらい入った箱で売られている。値段は私が買っているもので一箱3600円くらいである。だから、一枚360円くらいという事だ。
が、10枚中有効に使えるリードが何枚あるか、は吹いてみなければわからない。バクチである。全く手を加えず気持ち良く吹けるリードにお目にかかるのは、ホームランバーのあたり棒を出すより難しい。
だから、良いリードにお目にかかる為に、せっせとリードを買う。ちょっと手を加えれば"あたり"になるリードには、サンドペーパーをそっとかけたりして、試行錯誤しつつ吹く。これで良くなる物もあるし、良くならない物もある。
日の目を見ないリードはゴミ箱行きか、『寝かせる』(しばらく置いておいて再度試す)事になる。
良いと思ったリードも直ぐに長時間吹いてはいけない。そんな事をしたら、一発でヘタってしまう。
毎日少しずつ、振動に慣らしていくのだ。私達はこの作業の事を『育てる』と言う。
育てる途中でへたばってしまう物もある。折角育てても、本番で一回吹ききらない内に、ダメになってしまうものもある。
3ヶ月くらい使用に耐える良いリードは、25年以上吹いてきて片手くらいしか遭遇した事がない。
『鳴れば良いのです』
昔、著名なクラリネット奏者であるポール・メイエ氏が、雑誌のインタビューで『良いリードの条件は?』と聞かれてこう答えていた。
メイエ氏はどんな基準でリードを選んでいるのか、と興味津々で読んでいた私は拍子抜けしてしまった。
そりゃ、どんなリードでも一応鳴りはするのだが…
『弘法は筆を選ばず』とはよく言ったものである。
私はメイエ氏のようにはとてもなれないので、日々リードと格闘している。
まあそれも楽しみの一つなのだけれど。