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一番良い方法

昨年秋、姑のあれやこれやで関西と関東を月に何度も往復した我が家は、交通費が夫の給料の半分近くに迫る月もあった。舅は気を遣って、いくばくかでもとお金を渡してくれたが、失礼ながら焼け石に水であった。当時は姑が入院中ということもあって、他にも色々な費用を立て替えていたから、なかなか家計は大変だった。
姉も事情は同じだろうから、一緒にいずれまとめて請求しようと思っていたら、姉は姑からクレジットカードを預かっており、立替はしていないという。
姉は近くにいるが運転が出来ないので、姑宅に赴く時は専らタクシーである。夜中に呼ばれることもあり、それしか交通手段がないことも多かったようだ。その支払いも全て姑のカードで行っていたらしい。あまりにも頻度が高かったから、姑に交渉したそうだ。

ウチも月に一、二度ならそんなに負担は大きくないが、流石に給料の半分を持っていかれるとかなり厳しい。いつまで続くのかわからないという不安もある。払えないことはないが、少し負担してくれるだけでも大変助かる。
一応現状を知らせておいた方が良かろうと思い、姑が落ち着いた頃に姉に話をした。姉は金額を聞いて驚き、ミツルさんから姑に直接要求はしづらいだろうから、自分から話を通しておく、と約束してくれた。
暫くして姑から私達の立替分と交通費を支払いたい、という話があり、夫が行った際に貰ってきてくれた。
お陰で支払いの多い五月を乗り切れてほっとした。

この顛末をウチの母に話した。すると、
「嫁が姑に金をせびるなんて、情けない。そんなことはするな。お金が足りないならウチに借りに来い」
という旨のLINEが送られてきたので、私はそれにたいしてこう返信した。
「そういう考えもあると思う。大丈夫なので心配しないで」
これにたいして、
「あなたをそんな子に育てた覚えはない。嘆かわしい。そんな返事でこっちの意見をスルーするのか。けしからん」
という返信があった。

ちょっと前にこんな返信を受けたなら、私は母のLINEをブロックしていたと思う。が、今回はまだこんなことを言ってくるのだなあ、やはり変わらないなあ、と静かに思っただけだった。
そしてどう返事するか、考えた。
怒りの感情はない。ただ、この人はまだ娘を支配しないと自分の機嫌を取れないのだな、と思った。しかしとっちめるようなことを言っても母には響かないだろうし、私が自分の発した言葉に傷つくだけで、非生産的なことこの上ない。
そこでよく考えた上で、こういう内容を返信した。

「先ず、文字は読み手の判断が入ってしまうから、誤解を受けやすい、ということをわかってもらいたい。電話は直接喋れるからマシだが、私は今回の姑や夫との様々なやりとり全てを、あなたに詳細に話してはいない。あくまでも部分的な話なので、それだけ聞いて色々判断しないでもらいたいと思う。夫とも姑とも姉とも、関係は極めて良好である。これは私の自惚れや思い違いではないと思う。
もしかしたら私が今回したことは嫁として恥ずかしいことだったのかも知れない。だけどもう親の育て方がどうの、と言われるような年齢ではない。これは私達夫婦で向き合い、解決すべき問題である。自分の恥は自分でかく。
信頼して任せて欲しい。当然お金は要らない。気持ちだけ頂いておく」

極力柔らかめの表現を心掛けたつもりだったが、母からは私を怒らせたと思ったのか、焦った内容の返事が来た。やはり無意識に、私をコントロール下に置こうとしていたようだ。冷静に読めばごくまともな内容だとわかるはずだが、私に手を離されるかもしれない、という幻覚に勝手に囚われている母はわかっていないだろう。軽いパニックを起こしているように感じた。
他人の機嫌を勝手に邪推し、それに一喜一憂する様子は、ちょっと前の自分を見るようだ。
しかし今の私にはもう、母の反応を嘆く気持ちも、怒りも、憤りも全くない。ただ静かに、ああ、この人はこういう精神状態なんだな、と思うだけである。

お母さん、もう手を離してね。突き放したりしないから。
そう一人呟いて老いた母を見守りながら、そっと距離を置く。
私達母娘に残された時間はそう長くはないだろうけど、今はこうするのが一番良い方法である。