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頼れる助っ人

前の楽団に入った頃は常にクラリネットの人数が少なく、定期演奏会の度に『助っ人』と呼ばれるエキストラを数人頼んでいた。といってもそんなに気の張る凄い人ではなく、楽団のOBとか他楽団の手の空いた人で『そこそこまともに吹ける人』なら十分であったが、田舎で人材が少ないため一人呼ぶのも大変だった。
出演交渉は団長の許可の下、各パートリーダーが行う。入団二年目当時、クラリネットパートのメンバーはかなり高齢の初心者のおじさまお二人と、結婚して遠方へ行く為退団が決まっている若いお嬢さんと私、の四人だった。消去法でパートリーダーになった。

入団二年目だから、団員の顔と名前が漸く一致し始めた頃である。なのに、名前を聞いたことがあるくらいのOBと連絡を取る必要性が出てきてしまい、とても弱った。でも背に腹は代えられない。何人かに「初めまして」と切り出して出演の依頼をした。
一番に連絡を入れたのは、私の入団と入れ替わりに退団していったというYさんだった。
何故一番に連絡を入れたかと言うと、音楽監督のK先生が
「Y君呼んでくれないかな?彼なら『ゲネ本』でも良いよ」
と私に直接仰ったからである。
『ゲネ本』とは『ゲネプロと本番しか出ない』ことで、本来タブー視される行為である。練習の際の先生からの細かな指示を、一切聞いていない状態で本番の舞台に乗ることになるからだ。普通は指揮者も嫌がる。楽団員なら絶対許されないことだが、それをよくご承知のK先生がそう仰るのだから相当信頼の厚い人なのだろう、と思った。

だが連絡を入れて後悔することになった。
Yさんは当時、仕事で関東と関西を週替わりで行き来するという、大変多忙な状態でいらした。更に折悪しく、同居している親族が事故で突然亡くなり、ショックで奥様も体調を崩していた。小学生と幼稚園児のお子様が二人いらっしゃるため、普段より頻繁に関東と関西を往復しているという。状況を聞けば演奏会への出演は難しいと思った。
Yさんは自分の事情をざっと説明した後、呆れたように
「なんでボク?」
と言った。そう思っても不思議はない。
「そんなご状況とは知らず、失礼致しました。他当たってみます。すいませんでした」
私は恥ずかしかった。自前の団員だけで演奏会が出来ないのが情けなかった。そそくさと電話を切ろうとしたが、Yさんに引き留められた。

「いや、団長にしか言うてなかったから、在間さんが知らんでも当然やん。まだ全員の顔もちゃんと覚えてへんやろ?団長がボクに声かけてもええ、って言うたってことは、よっぽど困ってんねんろ?」
Yさんの気遣いが有難く、申し訳なかった。でも出演はして欲しい。どうせ他の人でも、エキストラに高い出席率は望めない。内心すいません、と謝りつつ、出演を渋られた時用にとっておいた『伝家の宝刀』を抜いた。
「K先生が『呼んでね』と仰いまして。『ゲネ本でも良いから』と」
うーんと電話口でYさんが唸るのが聞こえた。ややあって、
「わかった…家族と相談してみるけど、良い返事は期待せんといて」
と言われて、期限付きで待つことになった。

暫くして、Yさんから団長に連絡があった。
「ホンマにゲネ本になるかもやけど、ええんか」
と直接確認する内容だったらしい。勿論団長は快諾し、Yさんは出演してくれることになった。
Yさんとご家族には申し訳なかったが、これでまともに演奏会ができる、と内心ホッと胸をなでおろした。
Yさんは結局ゲネプロまでに二回、練習に駆けつけてくれた。きちんと吹ける人がいると、演奏が引き締まる。K先生は
「大変だったんだね。無理言ってごめんね。来てくれてありがとう」
とYさんの席まで来て手を握った。
Yさんは恐縮してペコペコしていた。

Yさんは先生には徹底した礼の尽くし方だったが、在籍していた頃は楽団員に対しては歯に衣着せぬ物言いで、かなり煙たがられていたらしかった。エキストラで呼ぶことに反対する役員もいたらしいと後で聞いた。
私はこの回だけの付き合いなので詳しくはわからなかったが、彼の言う事はいつも核心をついていたから、耳の痛い思いをする団員が多かったのかも知れない。
「先生にまで心配かけんように、もっと真剣に団員増やす方法考えていかんとあかんのと違う?辞めた僕が言うのもなんやけど」
打ち上げの席で私もこうお説教をされた。でも当たってる。
「そう思います。大変な状況なのに出演下さって、ありがとうございました。また落ち着いたら是非練習にお越しください。お待ちしています」
そう言ったら、
「その頃には人数増やしといてよ」
とYさんは笑った。

その後数年の間に、Yさんは何度かひょっこり顔を見せてくれた。仕事も関西がメインになり、奥様も体調を回復した、とのことで、穏やかな様子だった。お子さんは今は二人とも中学生になり吹奏楽部に入ったそうで、一緒に来てくれたこともあった。クラリネットはその頃には十名を超えていたから、私は堂々と?Yさんを迎えることが出来た。
「復団にはもう少し時間がかかりそう」
と言ってらしたが、そろそろ戻ってきてくれる頃だろう。
今度は私がひょっこり覗きに行く番だと思っている。