見出し画像

大金星の理由

新入社員の時、同じ店に配属されたN君は同期の仲間の中で少し異色の存在だった。何が異色かと言うと、文系出身の同期生の中でただ一人の工学部出身者であった事もそうだし、一浪一留でみんなより二つ年上であった事もそうだった。

そして不器用な私が言うのもなんだが、彼はかなり不器用だった。手先ではなく、人間あしらいが下手なのである。
超が付く真面目で、裏が全くないかわりに融通も利かない。同期はおろか、先輩も上司も面食らうくらいだった。

その割に面食いで、高嶺の花的女の子にすぐ惚れてすぐ告白してすぐ玉砕する、という実らない恋を繰り返していた。
玉砕する度に私達同期生で残念会を開いて慰めるのだが、彼は立ち直りも早く『もうちょっと引きずるようでないと、また同じ轍を踏むぞ』と危惧しているとやっぱりまたその通りになり、ほら見たことか、と呆れつつ慰める事の繰り返しであった。

背は高いがお世辞にもイケメンではないし、声も別に普通である。マッチョでもなく、ガリガリでもプヨプヨでもない。
特技は英語で、TOEICはかなりのハイスコアを出していたが、本人曰く『これぐらいの奴は世の中にゴマンといるから特技とは言えない』と言うことだった。

一緒に入社した人間がドンドン営業に異動になっていくのに、彼はずっと内勤のままだった。
彼の直属の上司に聞いた話だと、実直過ぎて営業には向かない、と判断されたらしかった。
それでも私達同期はいつも彼と仲良くつるんでいた。

お客様にストレート過ぎる発言をして怒られたりした時は、
「俺ってどうしてこうなんやろなあ」
と肩を落として私達にこぼす事もあった。ちょっと滑稽だったが、悪気がないのがわかるので笑いながら、
「ドンマイ、ドンマイ、そんな事もあるよ。真面目なのがN君の良いところやん」
とみんなで慰めていた。
振られた時の立ち直りは早すぎるくらい早かったが、仕事上で怒られた時は彼なりに凹んでいた。真剣に仕事していたからこそ、自分の対人関係の不器用さがもどかしかったようだった。

彼は長い間最初に配属された店にいたが、急に遠い地方の店舗に異動になった。特にミスがあった訳ではなく、当時の理不尽な店長に真っ向から盾突いたのが原因であると思われた。
同期の私達は皆で残念がり、精一杯励まして彼を送り出した。
一人で未知の土地に行くN君が気の毒だった。

その次の年、N君から来た年賀状に、同期は一様にびっくりした。
とても可愛く、しかも恐らくN君より随分若い女性が、N君と一緒に微笑んでいる。着ている服もセンスが感じられて、垢抜けた印象の美人であった。オマケにスラリと背も高く、細身である。
『やっと結婚する事になりました。かわいいやろ!』
という文章から彼が彼女にメロメロである事がわかった。
「あいつ、騙されとるんと違うけ?」
同期生一同、本気で心配していた。私達の心配を知ったウチの新しい店長が大笑いして、
「違う違う。あのお嬢さんは、O支店(N君の配属先)のお得意さんの社長の娘さんや」
と言ったので、余計に驚いた。

店長の話では、N君は転勤後すぐそのお得意さんの融資担当になった。社長は何度か来店して店長を交えて話す内、N君の武骨なまでの真面目さをすっかり気に入り、
「今どきこんな真面目な奴おらへん。コイツやったら信用出来る」
と自分の娘をN君の嫁に是非、とO支店の店長に申し入れたのだという。
娘さんもお父さん同様N君の実直さを気に入り、順調な交際期間を経た後、娘さんのほうからプロポーズしたそうだ。
N君、大金星である。
「オレ、結婚で人生の運を使い果たしたような気ぃするねん」
久しぶりの同期会の時、N君はノロケながらそんな事を言っていた。

結婚してもやっぱり猪突猛進なのは変わらないようで、その後も何度か異動で冷や飯を食わされたようだが、プライベートでは3人の子供に恵まれ、充実していたようである。
今は自宅に近い店に異動になり、それなりの地位に就いているようだ。

私の入社した頃はバブルの全盛期で、真面目である事は嘲笑されるような風潮があった。そんな中意図していなかったとは言え、ブレずに真面目を貫いたN君は、当時は滑稽に見えたけど実は凄かったんだと今思う。
社長とその娘さんも慧眼の持ち主だったと言う事だろう。

私の勤めていた会社は、普通の会社より定年が5年早い。だから彼は今年定年である。
色々あったと思うけど、本当にお疲れ様、と言ってあげたいと思っている。