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自信は後から

私の声は、高齢で耳の遠い方から「聴こえない」と言われてしまう事が多い。声が低く小さいようだ。接客業なのに非常によろしくない。しかし、これ以上出せない。
声のトーンは年齢と比例して低くなるように思っているが、80半ばの姑は高い綺麗な声なので、そうとも限らないのかも知れない。

ところが私は大勢の前で発表したり、舞台でセリフを言ったり司会をしたりはへっちゃらである。アドリブもガンガンいける。高齢者に耳を近付けられる人間と同一人物とは我ながら思えない。どうしてかなあ、と不思議に思っていた。
よくよく考えてみると、これは会社員時代にX先輩にしごかれたおかげだと思い当たった。

X先輩は営業成績が地区で断トツで、何度も表彰されている人だった。兎に角何をしても派手で目立つ。とても背が高く、なかなかの美男子。パートのおばさま方からも大人気。また上手に内勤の事務方にお土産を渡したり、髪型を変えればちゃんと気づいてさり気なく褒めたり、ちょっと呆れるくらいマメだった。好意的な言い方をすれば、細やかな気配りが出来る人、だったのかも知れない。
若いのに、既に美人で上品な奥様がいて、これをまためちゃめちゃ可愛がっている。それをオープンにして、照れも隠しもしない。当てられっぱなしだったが、嫌味がなかった。

このX先輩が私に、
「どんなに良いことを喋っていても、そんな小さな声でボソボソ喋ってたら、良い事に聞こえない。内容に100%の自信がなくても、デカイ声で堂々と喋れ。そしたら周りの人間は黙って聴くしかなくなる。そうすると自信が後からついてくる。先ずは声の大きさでアピールしろ。内容の良し悪しは後回しで良い」
と言って、徹底的に私に大勢の人前で、大きな声を出す練習をさせたのである。

地区の支店の営業マンが集まっての勉強会で、私に司会進行役をさせる。店の全員が集まっての全体朝礼で、お店の業績発表を私にさせる…等々、大勢の前で発表する機会をことごとく、私に任せた。当初はありがた迷惑としか感じられなかった。

改まった席では、女の子っぽく「え~、どうだったっけ?」と可愛く品をつくる事は顰蹙を買う。ちゃんとわかりやすく、はっきり大きな声で、よどみなく話さなければならない。
イレギュラーな事がおこれば、臨機応変に反応してその場を収束しなければならない事もある。緊張も勿論する。前に立って、大勢の人に話を聞いてもらうのは大変だとしみじみ思う事が多かったが、次第に慣れていった。
そしてとうとう大勢の前の方が、普段普通に話すより大きな声で喋れる、というあべこべな状態になってしまった。

この特技?は、友人の結婚式でのスピーチをする時等には大いに役立った。PTAの役員会で司会する時や、様々な会議で自分の意見を言う時にも重宝した。

大きな声で先ずは主張する。内容の良し悪しは二の次。周りが黙って聞いてくれれば、自ずと話す事に自信はつく。
少々荒っぽいが、「ちゃんと立派な事を話さなきゃ」と構えなくて良い、と言うのは凄く自分にとって大きな学びだった。

私の結婚式では、X先輩が余興をしっかり仕切って下さった。先輩が立ってマイクを握るだけで、会場中の注目の的だったのは言うまでもない。大きなよく通る声で、巧みに笑いを誘う喋り方は流石だった。

何年かして、突然お電話を下さった。退職してカメラマンになられる、と聞いてとても驚いた。が、先輩らしいとも思った。疎遠になってしまったが、お元気ならまたお会いしてみたい。あの大きな声で、「おう!元気やったか?」と言って下さると嬉しいな、と思っている。