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口中にありて邪魔なもの

クラリネット奏者にとって、口内炎は厄介なものである。
我々は演奏する際、下唇を少し内側に巻き込んで下の歯に被せ、その上にマウスピースを乗せ、上の歯をマウスピースにあてて、その上から唇を被せるようにして息を吹き込む。この『下唇を巻き込む』作業をする時、唇の内側の下の歯の当たる部分に口内炎があると、口内炎が歯に接触し、演奏中常に傷口をギリギリ押さえつけられているような痛みが続くのである。
当然、めちゃくちゃ吹きづらい。集中力も削がれる。良いことは何一つない。

吹きづらさの度合いは口内炎のある位置によっても違う。
一番辛いのは先に述べた下の歯の当たる位置にある場合であるが、舌の付け根や横にある場合も結構辛い。
付け根の場合、タンギングの度に舌を引っ張られるような痛みが走る。当然気が散る。違和感もある。腹立たしいがしょうがない。
横の場合、影響が薄い人もいるだろうが、私などは先端に近い部分だとやはりタンギングの時、辛い。
クラリネットは振動媒体として、葦の一種を薄く削った『リード』という道具をマウスピースに装着して音を出すのだが、このリードの薄い薄い先端がまるで剃刀のように、タンギングの度に口内炎を切るのである。柔らかい舌先が剃刀で切られると、当たり前だが血が出る。出なくても痛い。
拷問のようである。連続タンギングがあったりする曲だと、吹くのをやめたくなってしまう。

頬の内側なら影響はなかろう、というとそうでもない。
楽器を吹く時は、この辺の筋肉を物凄く使う。思い切り口の端を上げて笑ってみると歯と頬がかなりの圧力で接触すると思うが、楽器を吹く時の頬の状態はこれに近い。ということは、頬と歯がかなりの圧力で接触する、ということである。口内炎が歯で押さえつけられる。当然痛い。気になる。
じゃあ痛くないように『緩く』咥えたら良いじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、そんな事は生憎出来ない。緩すぎる咥え方はアンブシュア(口の形)が不安定になり、音程や音色に悪い影響が出てしまう。
アンブシュアの安定は、音の安定に必須なのだ。

上唇は巻き込まないから比較的、下唇に出来るよりはマシである。
だが、なんだかマウスピースにきちんと唇を被せきれていないような気がしてしまう。口内炎のある部分だけが浮いているような感じというか、きちんとした口の形が作れていない気がするのである。というか実際、出来ていないと思う。
こうなると、気になって気になってしょうがない。なんか唇浮いてんな、なんか変やな、と思いながら吹くのはやっぱり集中力を欠く。
キチンとしたアンブシュアではないから、音もやっぱりいつものように出せない。安定しない。そしてイライラする。

私は幸いなことに、あまり口内炎をよくこさえるタイプの人間ではないので、こういう辛い体験はそうしょっちゅうはない。だが人によっては、「また?」と言いたいくらいよく苦しんでいる人もあって、気の毒になってしまう。
普通に何もしていなくても、口の中の肉が常に引っ張られ、熱を持ったような感じの痛みがある口内炎を、わざわざ歯でギリギリ押さえたり、リードで何度も切ったりはしたくない。しかしたまたま本番の日にそういう状態だったりすると、泣きたくなるほど辛い。
しかも、こうやって酷い目にあった口内炎は非常に治るのが遅い。つまり吹けば吹くほど、口内炎は長引いてしまう。
情けない。

口内炎が出来てしまった場合、私は出来るだけ早く寝るように心がけている。ストレスをためるとどうも出来やすいように思うので、疲れが溜まって来たなと思ったら整体に行ったり、リラックスする時間を多く取ってみたりもしている。
人によってはビタミンBをサプリメントで摂取したりもするようだ。不足すると口内炎が出来やすいんだそうである。
でも口内炎に苦しまないで済む一番良い方法は『こさえないこと』。
やはり、健康管理は大切である。
今夜も早く寝よう!