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事実は一つ

先日、ウチのレジで大掛かりな機械の入れ替えがあった。業者さんが来て開店までに済ませてしまう、とのことだったので、私は何とも思わずに出勤した。
いつも通りにレジ台に近づくと、レジの後ろの台に見慣れない作業用の鞄が置いてある。おや、と思ってレジを見ると『作業中』の札が置かれていた。まだ入れ替え作業が済んでいないらしい。この時点で開店まで十分を切っていた。
「ご迷惑をおかけしています。設定はもう済んでいるんですが、通信が未完了でして・・・」
鞄の主の業者さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
開店までに間に合わなかったらどうすれば良いのだろう。ウチの売り場の商品は食品レジでは打てない。二階の衣料品レジなら打てるだろうが、お客様に上がって頂くのは失礼だろう。経験のないことで、軽くパニックになってしまった。

私一人で考え付くことなどたかが知れているので、早々に助けを呼ぶことにした。二階の事務所に連絡を入れると、衣料品担当社員のKさんが来てくれた。業者さんを一瞥するなり、
「どうして開店に間に合わせてもらえないの?困るんだよ、そういうの。プロとしてどうなの?」
と冷たく言い放って、どこかへ行ってしまった。
ビックリして、私は固まってしまった。業者さんはちょっとムッとしたような顔をして黙り込んだ。若い男性である。なんや、このオッサンは、と言いたげだった。
もしかしたら事前に『開店時間に被るかも知れません』という連絡があったのかも知れなかった。それだとウチの連絡ミスである。だが実際どうだったのかはわからない。
何とも言えない重苦しい嫌な雰囲気のレジに、私は業者さんと二人取り残されてしまった。

そこに、正面入り口開け当番のNさんがやってきた。
「あれ、まだ作業中なんだね?」
というので、
「そうなんです。開店時間過ぎたらどこのレジにお客様ご案内すれば良いですか?」
と言ったらNさんは
「ああーそうだねえ!じゃあサービスカウンターのレジを借りると良いよ。在間さん、今のうちに『レジお借りしますので』って言っておいで。ボクここ見ておくから」
と言って、業者さんを振り向き、
「おはようございます。早くからありがとうございます。ちょっとかかってるんですね?」
とにこやかに挨拶した。
業者さんはNさんの方を見てすまなそうな笑顔になり、
「ご迷惑をおかけしています。もう少しで完了すると思うんですが、まだ応答がないので待っている状況なんです」
と穏やかに答えた。

私がサービスカウンターに行って帰ってくると、Nさんと業者さんが談笑していた。
「あ、どう?サービスカウンター、良いって?」
Nさんが訊いてくれる。
「あ、はい、大丈夫だそうです」
私が答えると、業者さんが
「すいません」
と言って頭を下げた。
結局、開店時間から二十分ほど経ってようやく通信が完了し、業者さんは何度もお辞儀をしながら帰っていった。
その間、私と一緒にサービスカウンターにお客様をご案内してくれたのはNさんだった。

事実はただ、
「業者さんが作業してくれたものの、開店時刻を過ぎてしまった」
事のみである。
それに対して、間に合わなかったことにのみ注目し、
「困るじゃないか」
とただ怒りをぶつけるか、
「早くから作業してくれてありがとう」
とやってくれたことに感謝し、間に合わないことに対しては、自分の取り得る最善の策を講じようとするか。
同じ事実に対して、これだけ極端に違う反応もないものだと、興味深く思った。
どちらが結果的にお客様の為になったかは、一目瞭然である。

業者さんもきっとKさんに言われた時は嫌な気分になっただろう。Nさんに声をかけられた後は、同じ作業をするのでも気分が違ったと思う。
私もNさんのお陰でホッとした。一生懸命作業をしてくれた人に対して、労いの気持ちを表さないのは違うと思ったからである。
彼が見るからにグダグダ仕事をしていたなら、Kさんの言葉もわかる。が、少なくとも私の見る限り、彼は真面目に一生懸命仕事していた。
そこを無視してはいけない気がした。

同じ事実でも、良い面を見ることも、悪い面を見ることも出来る。
私はどうせなら、良い面を見たい。
KさんもNさんも、困っていると助けてくれる有難い存在である。
でももしまた今回と同じようなことがあったら、私はNさんのように言葉をかけたいと思う。