コミュニケーションツール

私の職場では、出勤すると二階の事務室にある出勤ボードの自分の名札をひっくり返し、在店の目印にしている。欠勤の時は赤い札に、出勤の時は白い札になるように決まっている。
この札は金属の薄い板で出来ており、上にテプラで綺麗に印刷されたフルネームが貼ってある。作るのは事務所の人の仕事の一つだ。
出勤のスキャンをした後、これを忘れずにひっくり返さねばならない。

店の職員は総勢百五十人を超える。店長から学生バイトまで、その全ての人の名前がこのボードに載っている。一見、なかなかの圧巻である。
この板に、稀にセロテープで小さなメモがつけてあることがある。三層店舗だし、休みの日も人によってバラバラだから、一人一人がちゃんと顔を突き合わせて必要事項を伝えるのがなかなか難しい故の、アイデアである。出勤して必ず目にするこのボードに貼り付けておけば、絶対に連絡漏れはない。
「新しい制服が来ています 取りに来て下さい 事務」
頼んでおいた着替え用の制服が来たという連絡があったり、
「今日から新しいタブレットを使用します ○○に置いていますので、出納に言って貰って下さい M」
前日の夜勤務だったMさんからの伝言があったり、その時によってメモの内容は色々だ。

私には、担当の売り場のレジローテーション表を作成する仕事がある。何時から何時までは誰がレジに入る、何時は誰が休憩に入る、というのをパソコンに入力し、プリントアウトしてレジ台に貼り付けるのだ。
みんなは朝出勤すると、これを見て自分のレジ番の時間と休憩時間を確認する。そこから逆算して自分の仕事をこなす段取りをすることになるので、毎日切らすことが出来ない。
きっちり正確でなくても良いのだが、『目安』になるように作っておく、くらいのものである。店長の面接が入ったり、レイアウトの変更など大きめの仕事が入った時は守られないこともある。
それぞれの勤務時間帯をシフト表で確認しながらこのローテーションを作成するのであるが、時折希望の休みなどが重なって、『これ、絶対ローテーション組むの無理やん』と思うような人数になってしまうことがある。
そんな時、私もこのボードにお世話になる。

小さなメモにこんなことを書く。
『いつもお世話になっております 〇月〇日、人繰りが厳しく、休憩を取れない人が出そうです ×時から一時間でも良いので、応援頂けないでしょうか? 靴服レジ 在間』
そして小さなメモを更に四つに折りたたんで細い短冊状にし、セロテープで名札にくっつける。
くっつける人はレジ教育係のGさんだったり、H副店長だったりする。

副店長の時はちょっと恐れ多い。緊張しつつ貼り付けている。
Gさんの名札には、私と同じようにレジの応援依頼をする人の短冊がいつもいくつかくっついている。先に二つくらいくっついていると、『ああ、先を越されてしまった!Gさん来てくれるかなあ 頼みますー!』と思いつつ、祈るような気持ちでメモを貼り付ける。
メモを読んだ人は、必ず「読んだよ」と貼り付けた人に伝えに行くことになっている。副店長も、Gさんもちゃんと私の居るレジまで来てくれる。

この前もこのままだとYさんが休憩を取れない、と言う日があったので、H副店長とGさんの二人の名札にメモを引っ付けておいた。Gさんの名札には既に二つのメモがついていたから、望みは薄いかも、と思っていた。
「おはよ。メモ読んだよ」
掃除をしていたら、Gさんがやってきた。私服姿。出勤前だ。
「あ、おはようございます。いつもすいません」
ウチの売り場がGさんにレジを頼むのは常態化しているが、本来Gさんは食品レジの応援と教育係として本部から派遣されている。いつも申し訳ないと思いつつ頼んでいる。
「〇日、△時から一時間だったら来れるから。ローテーション表に昨日入れておいたからね」
流石、仕事が早い。
「ありがとうございます!」
Gさんはニッコリして、ちょっと手を挙げて
「じゃあ、後でね」
と去っていった。

「在間さん、Gさんに応援頼んでくれたんだね。二階の衣料品からも一人応援貰うことにしたからね」
H副店長がレイアウト替えで忙しい合間をぬって、伝えに来てくれた。
「ありがとうございます!助かります!Gさんは△時から一時間入って下さるそうです。さっき伝えに来てくれました」
「じゃあ、二階からはGさんのあがる時間の十五分前くらいに行くように調整しておくわ。いつもご苦労さん」
カラっと明るく笑って、H副店長は小走りに去っていった。いつもながら、フットワークの軽い、出来る人だなあと感心する。

ただ連絡事項を伝えるだけのメモだけれど、あの出勤ボードのメモは私にとって、心休まるコミュニケーションツールでもある。