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奏者泣かせ

吹奏楽の曲は一般的に、難易度が上がるとアクロバティックなことをさせられる頻度が高くなる。アクロバティックとは例えば鬼速い指回しだったり、扇風機のような速さのタンギングだったり、普段はあまり使わないような高音域を出すことを要求される、というようなことである。
師匠のK先生に『『上手い』とはアクロバティックなことが出来ることを指すのではない。吹奏楽の人はそこのところを勘違いしている。それも確かに『上手い』ではあるが、ロボットでも出来ることだ。『表現すること』の巧者こそ、上手いと言って良い人なのだ』といったようなことを言われ続けたためか、私はこういうアクロバティックなフレーズが出てくる曲は嫌いである。

大体クラリネットは吹奏楽に於いて、無理を強いられやすいパートである。
どの楽器より簡単に音を出せる。人数が居る。音域が広い。楽器の構造が単純。クラリネットの持つこれらの特徴は、作・編曲家が『クラリネットにならこの鬼難しいフレーズを担当させても大丈夫だろう』という発想に至る要因になっていると思う。
ホルンなどを鳴らすのはかなりの腕が要るが、クラリネットはわりと初心者でも鳴らすことが出来る。クラリネットは『多ければ多いほどいい』なんていう楽団もあるくらいだが、オーボエなんかは多くて三人まで。フルートの三オクターブに対し、クラリネットの音域は四オクターブ。クラリネットは自分でキーをはずして掃除する人も居るが、フルートの分解掃除なんて、複雑過ぎて考えただけで眩暈がしそうだ。

そんなクラリネットにも『作曲者に書いて欲しくない』運指はある。
オクターブ以上の跳躍はどの楽器も嫌いだと思うが、クラリネットだって嫌いである。いや、正直言うと六度とかそれくらいでも嫌である。
クラリネットだけではないけれど、吹く時は口の中の形は一定ではない。特に高音域は一音ずつ違う。外観は同じアンブシュア(口の形)を保っているけれど、口の中はこの調節に忙しい。
特に音が大きく移動すると大変である。例えば一番下のドと一番上のドでは全く口の中の形が違うので、急激な音域移動は物凄く大変なのだ。
分かりやすく言うと、『低い声で『ろ』と言ってから急に高い声で『き』と素早く言う』というのはやりづらい、というところか。

音の出やすい楽器ではあるけれど、あんまり出したくない音というのはある。
真ん中のシ♭(ピアノの音だとラ)はピッチが安定せず、音色がカスカスになりやすい。勿論対策はあるし、なるべくそうならないようにするのだが、楽譜にこの音があるのを見ると『あーあ』とちょっとうんざりする。『やべ、気をつけないと』と緊張もする。
指は左手の人差し指と親指の二本しか使用しないので、楽と言えば楽なのだが、沢山指を使う音に移動する時は面倒くさい。下手すると音の繋がりがブツっと切れてしまうので、息の使い方には慎重になる。
(下手な)クラリネット奏者泣かせな音なのである。

クラリネット奏者泣かせの曲が吹奏楽には多いが、それも作曲者によると思う。一般的に自身が金管楽器出身の人は、あまり配慮を感じない。
故岩井直溥先生は美しいフレーズを書かれるが、平気で高音域を吹かせる傾向にある。先生は元々ホルン吹きである。
『いや、そんな高い音、普通にあんまりやらないでしょ』というような高い音を平気で登場させる。高音域は大勢でピッチを合わせるのが難しく、結局『オクターブ下げて下さい』という指揮者の指示が出たりする。
故真島俊夫先生もクラリネットに容赦ない。先生は元々トロンボーン吹きである。
先生の曲に『三日月にかかるヤコブのはしご』というのがあるが、この曲に於いて、クラリネットは修行としか思えない酷い扱いを受けている。(※あくまでも個人の感想です)
いや、上手な人は良いんだろう。だけど譜面は延々とオタマジャクシで真っ黒である。そしてその真っ黒なフレーズは金管楽器軍にかき消されて全く聴こえてこない。吹く意味を感じない。私は全然楽しくない。
『なんか細かい作業しやすい楽器だし』くらいの感じで書かれたのだろうか、と思ってしまう。
吹奏楽でも酒井格先生とか、森田一浩先生なんかの曲は吹きやすい。吹いていて楽しいと感じる。
難易度が低いというのではなくて、無理な運指をしなくても良いし、クラリネットの美しい音色を最大限生かすにはどうしたら良いか、ということがよく考えられて書かれているように思う。(※上から目線ですいません。あくまでも個人の感想です)

『シューマンはピアノ弾きだから、クラリネットの構造のことを全く考えずに書いている。だからシューマンのソナタは難しい』と先生に言われたことがある。こういうことは、なにも吹奏楽に限った話ではなさそうだ。
作曲者は表現したいことがあって書くのだろうけど、各楽器の特性を考えて書いて頂けたらより良い表現ができるのにな、とよく思う。
偉そうですいません。あくまでも個人の感想です。