2/23(水)

三匹二千円

朝起きると首が痛かった。
寝違えたらしい。
身体を起こすのにも難儀した『私』は、これ以上痛いのが嫌だったので、薬を調べてみた。
すると、苦虫がよく効くということだった。

早速、『私』は漢方薬の店に向かった。
「いらっしゃい」
イメージ通りの沢山の引き出しの前で、店主のおじいちゃんが出迎えてくれた。
「寝違えたので、苦虫をください」
「今どき珍しいねえ、苦虫なんて」
店主は老眼鏡をかけ直し、端の方の引き出しの奥を探った。
「昔は沢山いたんだけど、今はあんまり獲れないからねえ」
「そうなんですか?」
「うむ。噛み潰す人も減ったから、あんまり需要もなくてな。みんな何でも吐き出しちまう」
よっとっと、とか言いながら、店主はようやく苦虫を見つけた。
店主は苦虫を三匹、袋に入れて『私』に差し出す。
「あいよ。一匹おまけして二千円だ」
『私』は財布から二千円札を出して支払った。
「楽になるけど、一日一匹にしときなね」
『私』は礼を言って店を出た。

痛みと戦いながら帰宅した『私』は苦虫を一匹取り出して、まじまじと眺めてみた。
灰色だが光沢がある、角のない甲虫で、想像より美しく、しばし見とれてしまった。
そして、一思いに口に入れた。
ギザギザの脚が舌に引っかかる。
意を決して、奥歯で苦虫を噛む。
硬い。
なかなか潰れない。
思いっきり奥歯に力を入れる。
バリ、と音がして、その味が口の中に広がる。
それからしばらく休むと、次第に痛みが和らいでいったが、口腔内を中心に、心中穏やかではなかった。

噛み潰したその味は、言うまでもないだろう。

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