徒然日記2020.08.16

今日も朝起きたが、昨日も睡眠が浅かったせいで眠い。朝食は妻がクロワッサンとオムレツとサラダのスペシャルなものを作ってくれた。マンデリンのアイスコーヒーで美味しくいただいた。午前中は暑さにかまけてゴロゴロとしていた。昼は朝食が遅かったせいもあり、ゴーヤチップスとバナナと蜂蜜のヨーグルトだった。元気が出た。午後も昼寝をしたり、ほとんどをゆっくりと過ごしていた。今日は子どもたちのリクエストで近くの100円寿司チェーンに食べに行った。私はビールも飲ませてもらって、最高の夕食タイムだった。昨日頼んだ血圧計が届き、今日は妻と計りまくって自分たちの傾向を見つけた。二人とも正常値だが妻は平常時は上が90ほどで低血圧気味である。私はいたって普通だが、アルコールを飲んで食後1時間弱で計ったら121くらいと少し高くなった、平常時は110前後、いたって普通である。今は便利なモノで、iPhoneと同期できて、健康管理アプリで手間なしで記録していける。オムロンかテルモかという選択でスマホと同期できるオムロンにしてよかった。上の子が明日から久しぶりの幼稚園の登園ということで、少し寝る前にナーバスになっていた。フォローしながら寝かしつけた。夕方の風呂に入る前に近所の敷地内を2周ウォーキングしたら、体調がすこぶる良い。やはり運動不足だった。今は、ティエリー・ラングを聴きながら日記を書いている。昨日のロートレアモンの詩がまだ頭に残っている。昨日の詩をツイッターで発見した。以下、引用する。

ミシンと傘と手術台、これに前の句があり、17歳の美少年が出てくる。私なりのこの詩の解釈だと、ミシンは布地を針が突き抜けていくし、手術台(解剖台)は皮膚をメスが切っていく、そして傘は先端が傘を突き抜けているイメージを持てる。この一種の境界を突き抜けるイメージと美少年がどのようにシンクロしてくるかイメージするとわかってくることがある。美少年の美しさは、男と女という境界、子どもと大人という境界などを突破した美しさを放っている。それを形容するのが、有名な「ミシン」と「傘」と「手術台(解剖台)」である。その美しさはある種の境界を突き抜けて、彼の精神に突き刺さってくるのだ。なんと瑞々しい詩であろうか。ロートレアモンを調べると、24歳の若さで亡くなっている。時代を先取りしたような、「喩」の素晴らしい使い手だったのだろう。

さて今日で連休はおしまいだ。とても充実した暇を堪能した連休だった。子どもたちとの時間の密度も濃かった。本当にありがたい。貴重な連休に思いを馳せて日記をおわる。

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