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そうしてまた巡る(2/4)「女の子に触れる」



ときめく:喜び、期待などで胸がワクワクする。良い時期に巡り合って栄える。
気が触れる:精神状態が普通でなくなる。心が動く、気の迷いが起こる。
狂れる:気が狂う 振れる:揺れ動く
 
 2011年「女の子は誰でも」という曲を提げて、資生堂マキアージュのイメージモデルに抜擢された椎名林檎さん。この時2種類のテイストを打ち出した。
 



 どちらも見目麗しいのだが、2つ並び立つと無意識にどちらかに寄る。
刹那的なものにあまり興味が持てないのは、更新の義務に煩わしさを感じるため。季節ごと、暦ごと。都度変化させるのは、好んでやる分にはいいが、いつだって構える訳じゃない。時を逃せば一気に野暮に傾く。それなら始めから無難を選んでおいた方がいい。
 これは別に今の世に限ったことではなく、ラクをしようと思えばいくらでもできる。特段今の世は「ソファに寝転びながらタップひとつで欲しいものが手元に届く」のだから、全人類魔法使い。まるで鉄砲の伝来。それまでの常識が覆り、日々積み上げてきたものが、ある日を境に全く意味をなさなくなる。
 
 ラクだし安い。いいじゃんと思ってネットで購入した服を着回す日常で、久しぶりに店頭に出向いた。変わりつつあるポーチ。見合うものを求めた時、イメージと違うものが届いても困るのだ。前から好きなブランド。今の私でも馴染むくらいの色合い、デザインのものを探す。
 肩に細かい刺繍のあるトップス。何気なく手にとって開げてみた時、桶一杯の水を正面からぶつけられたような気がした。衝撃。それは砂漠に水をぶち込むかのように、そう、感覚として「潤う」。思い出す。
 自分の心に沿うもの、ときめくものに出会った時の悦び。脳裏に浮かんだのは20代前半に買い求めたscalar。片道1時間かけて通った。単純に若かった、散財だった、訳じゃない。買い求めたのはその服に限らない。欲しかったのは何より「ときめき」。自分の枠では思いつかない創造に対する感動。そこから生まれるインスピレーション。
 そんな感動に飲まれて一瞬、過ぎて見返すは現実の我が身。ハッというよりゾッとする。思い出したのはいつかのバレンタイン。
 
「ご試着ですかー?」
 
 大好きなブランドに身を包んだ女性店員の声に、反射的に全身が強張る。「来ないで」と思った。ほとんど「見ないで」と同義。
 ソファに寝転びながら買ったもの。自分の目から自分は見えない。けれど今の自分がこの場所に見合っていないのは分かる。試着室に入ると、買ったものをそのまま着て帰れないかと考えた。けれど履いているパンツと合わない。一時凌ぎさえできない。私はいつからこんなことになってしまっていたのだろう。
 人の目。
 例えば店員さん。例えば友人。
 言わずとも似る。だから相手がいないとこうも変化する。
 後頭部の丸みをきちんと模った、髪型だけが浮いていた。
 
 クローゼットを開けると、今までも顔を合わせていたはずのスカートと久しぶりに目が合った。
 
〈おかえり〉
 
 危なかった。今の私には合わない、ラフなパンツだけで回せるとして、ともすれば売っ払おうと思っていた。違う。私がサボっていただけだった。鏡を見る機会が増えることで本来の輪郭を思い出す。変化は良くも悪くもするのだ。
 こと服に関しての興味が極限下がっていた分、この変化は純粋な悪化だった。元の場所に戻ってくる。購入したトップス、元々いたスカートにピタリと合う。だって同じブランドの、同じテイストのもの。合わない訳がない。
 
 2011年「女の子は誰でも」という曲を提げて、資生堂マキアージュのイメージモデルに抜擢された椎名林檎さん。この時2種類のテイストを打ち出した。どちらも見目麗しいのだが、2つ並び立つと無意識にどちらかに寄る。

 言動から察するに、意外かもしれないが、私が寄ったのは下の写真。
 自立よりも他人に依るド悪魔。女性であることの恩恵を目一杯享受した、意のままに振る舞うお姫様。理想とは裏腹に、現実あだ名は「女帝」だったし、今はどうしても自立に依らざるを得ない訳だけれど、そんな当時の感性を思い出す。
 
 ただいま。
 
 不意に目頭が熱くなる。
 暗いところに閉じ込められてずっとずっと待っていたスカート。
 思い出したのは女性性。産めないことへの罪悪感から閉じ込めていたもの。
 やっと見つけてくれた。やっと思い出してくれた。
 引っ張り出す。
 
 トレンドは変化する。けれどその中で変わらないもの。
 古びない、恒久的に廃れないもの。
 デザイン、その感性。自分の体型が見合う限りは力を発揮できるもの。
 
 女の子は誰でも。
 
「誰でも」という括りなら赦されるのだろうか。そもそも女の子という言い回しが今の私にあっているのか、都度首を傾げるものの、まあいっかとも思う。生物学上のメス、女、その一つだとしてふわっと置いておく。
 
 かわいい。
 
 しっくりくる。新しく買ったトップスに膝丈のフレアスカート。
 プリーツに換えれば一気に夏が来る。
 
 夏が来る。季節が巡る。
 大人しくしていたクローゼットに、爽やかな風が吹き込む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【表題について】
 気が狂れるではなく「触れる」。本来そっちに揺れて偏ることを「振れる」と表記したいところだが、上記を加味すると正しいのはたぶん「女の子に触れる」。タッチの意味ではありません。




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