わり、好きになっちった『推しの子』
いや、すごいね。面白いこの漫画。
もうのっけから騙された。ちゃんと情報出してるのに、思い込みって怖いね。
炎上とかテレビの裏側とかすごくリアルで、一方で私たちは問題の当事者でもあって、むしろ当事者になりやすい面々にこそ読ませるために、入りにアイドルを持ってくるって手法、引き込み方が上手い。ほんで本作当たってからのYOASOBI『アイドル』の楽曲の持つ力よ。すごいな。共感力すごい。『KICKBACK』もすごかったけど、本作へのリスペクト、付加価値ボーンで半端ない。私の語彙力ハンパもない(辛い)
2019年の年末に『グランメゾン東京』っていうドラマやってたんだけど、その中で「この店のシェフはワインで料理を引き立たせるんじゃなくて、きっと、ワインが主役になる料理を作るんだって。そんな考え方をする料理人がいるんだって感動した」っていうソムリエのセリフがあるんだけど、ふいにそれを思い出した。
私自身、入りは曲から。そうして互いを活かし合えたら理想だよね。
「愛する」というのは、「愛」という言葉単体が重みを持つ以上、「イコールもしくはそれ以上」。恋が自分本位なのに対して、愛は対象そのものがクローズアップされる。だからその対象は自分以上に重きを置くコト、モノ、ヒト。自分という枠組みはたかが知れてる。愛することで、対象と繋がりを持つことで、弱い自分を補強する。
作品内で奴隷と書いて「ファン」と読ませる場面がある。自分ではなく相手主体。それはどこか責任をなすりつけるのに似ている。「愛する対象」を介して自分に自信を持つ。その人の一挙一動に揺さぶられ、その人の喜ぶ方向に動く。その他一切を無視して、そのコト、モノ、ヒトに執着する。自らファンを選ぶそれは陶酔。その他一切の不都合から目を背け、ただ己が心を満たすことだけに集中することであり、当然見て見ぬ振りしてきた不都合は時間差で押し寄せてくる。弱い自分を補強したところで、その人の価値が急に上がる訳ではない。ただ、「人は夢を見ることで生かされている寂しがりな生き物」と万葉集の講義をしていた先生から聞いたことがあるように、最低限夢は見たい。「何かいいことないかなあ」は「恋がしたい」の裏返しだとか。幸か不幸か、人生は長い。しかも長いと認識できてしまうくらいの頭を持って生まれて来てしまった。だからどう折り合いをつけていくかは結構大きな問題だったりする。さて。
「愛」は正しい取り扱い方をしなければ、とんでもない危険物になり得る。よく愛と恋を混同している場面が見られるが、結局のところ「愛」の絶対的な対象は子供なんじゃないかという結論に至る。「無償の愛」というのは父母から子に向けられる。その成長が自分たちの望みであり、そのために動く以上「無償」というのは言い過ぎなんじゃないかと思った時もあったが、そうすることで見返りを求めている訳でないなら、やっぱり括りとしては「無償」なのだろう。
ただ愛したかった。
そのために、そこにたどり着くためにパートナーを見つけ、子をなす。全ては愛するために。だからその前段階を本能で知っている年頃の男女が恋愛のことで頭一杯になるのはむしろ生理的なことで、それならセックスが本能というのは愛したいがための本能と言い換えてもいいのかもしれない。都合のいい乱用だけは避けていただきたいのだけれど。
そう考えると子供、あるいはその前段階、パートナー不在による依存心は自然とも言える。CD30万円分購入するほど愛したい。それは狂気じみている一方、どこか愛しくもある。無防備で寂しがりな、不器用な愛情表現。〈心の底から愛してるって言える〉その付近にまで広がる波紋。そう。
見返りさえ求めなければ。
夢を見る代わりにその人がやっているのは、底の見えない沼に札束を投げ入れること。逆に札束を投げ入れることによって夢を見ている。丁度お賽銭をするかのように。
けれどこの場合、己の欲を願ってはいけない。「愛」は正しい取り扱いをしなければとんでもない危険物になり得る。夢見た深さに比例する怨念。「あれだけ尽くしてやったのに」
双方「ただ愛したかった」けれど一方が履き違えると、いとも容易く夢は壊れる。いとも容易く傷つける。本物は見返りを求めない。本物はただ在るだけで満たされる。
「無償」でない愛は、全てまがい物なのだ。
【今回の2000字のきっかけ】
・ベンさんの「『アイドル』初見で弾かせたら考察が凄過ぎたwwww」→『推しの子』購入→からの
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