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日本一小さな町のnote #07[宿]

日本一人口の少ない町・山梨県早川町の魅力をお伝えするnote、今回もカメラマンの鹿野がお送りいたします。

早川町には大小さまざまな宿があります。決して数は多くありませんが、ギネスブックに掲載されている「世界最古の宿」慶雲館や、前回[食]で紹介した月夜見山荘、さらには湯治宿、元木造校舎、民泊、宿坊、雲の上の山小屋…顔ぶれは多彩です。その中でもひときわ個性的で、しかも予約がとりにくいほど人気なのが秘境冒険民宿山人砦です。山人砦と書いて「やもーどとりで」と読みます。

前回のおすくにの話で、NPO法人・日本上流文化圏研究所について触れましたが、こちらのオーナーである鹿島健利さん・晴日さんご夫妻もここの元職員。つまりおすくにの主人・鞍打さんの元部下ということになります。『日本一小さな町の写真館』のために1000人近い町民全員を撮影しようとしていた僕も、おふたりには相当お世話になりました。そして今回、noteのために取材をしたいとお願いしたところ、健利さんに「泊まらないとうちの良さはわかりません!」と熱く主張され、真冬の予約のなかった日に泊まらせていただいた次第です。

猟師小屋をイメージした一棟貸しの宿ですが、客室はきれいにリノベーションされ快適そのもの。取材は2月中旬と寒さが厳しい時期ながら、暖かい布団でゆっくり休むことができました。また館内にお風呂はありませんが、すぐ隣は美肌の湯として名高い奈良田温泉女帝の湯。宿泊するとチケットがもらえます。

たまたまこの日は、冬に仕込む奈良田の伝統的保存食・寒ざらし大根を干し終えたところに遭遇。輪切りにして茹で、さらに水にさらした大根を、串に刺して軒先に干す。乾燥と凍結を繰り返すことで旨みが凝縮。食感もすばらしい

山人砦の開業は2021年。南北に長い早川町の突き当たり(マイカーで行ける北端)の奈良田にあります。集落には家屋が立ち並び、山人砦の上には#2で紹介した鍵屋、道を挟んだ向かいには先に触れた奈良田温泉女帝の湯。昼間はこれらを目当てにやってきた観光客の姿も目立ちます。

しかし日が暮れると、急峻な山に挟まれた谷間ということもあり本当に静か。なにせ奈良田は現在20人ほどが暮らしていますが、最寄りのコンビニ(隣の身延町)まで約35km、車で1時間弱かかる秘境。そんな場所で1日1組の宿って、果たして成功するの…? 僕は開業の話を聞き、正直そう思ったのですが。

結果は大成功。開業直後こそ予約もまばらだったそうですが、口コミで評判が広がり、あっという間に予約がとりにくい宿になったのです。一棟貸しという点でコロナ禍が追い風にもなったようですが、人気の秘訣はなんといっても料理だと思います。自分たちで栽培や収穫をしたものを中心に、食材のほとんどは奈良田産。しかもすべての品が本当においしいのです。素材の良さもあるのでしょうが、趣向を凝らし、丁寧に調理しているのが舌から伝わってきます。

川魚の炉端焼き。この日はアマゴ
9品が並ぶ「前菜の盛り合わせ」。どれも美味!
冬を越すための保存食をアレンジした「季節のアミューズ」

とりわけ感銘を受けたのが、すぐ上の写真の「季節のアミューズ」です。お皿の手前にあるのは、昼に収穫をしていた寒ざらし大根(のストック分。保村食ですからね)。中華風に煮付けており、味も食感もまるでフカヒレのようでした。さらに干し芋のバターソテーや鹿肉のジャーキーなどが盛り付けられ、これは酒がすすむなぁ…。そんなことを思わず口にしたら、「じゃあこれを」と出されたのがキウイサワー。これがまた山の珍味とよく合うのです。キウイは庭で栽培したもので、サワーのほか前菜のカプレーゼやデザートのアイス、翌朝の朝食ではヨーグルトのソースにも使われていました。

健利さんは#03の猟の話で紹介した「かのし会」のメンバー。晴日さんとともに狩猟をしていますが、奈良田の鹿は急峻な山を駆け回っており筋肉質なのだとか。メインはその赤身肉をじっくり煮込んだシチュー。その後はメインの第2弾、甘辛だれでいただくトマトしゃぶしゃぶも。こちらは酒よりも米が進みますが、この米もまた炊き立てでうまい!

これだけでご飯3杯はいけるシチュー
そして囲炉裏に炭を起こし…
しゃぶしゃぶ!
食後はキウイのアイス。これも晴日さんの手作り

以上、自給自足のフルコース。今の時代に“山奥で自給自足”と聞くと、正直粗食を連想する人も多いかもしれません。しかし山の恵みほど贅沢なものはないなぁ…と、コンビニが遠いこの場所で改めて実感しました。

鹿島さんご夫妻の目標は、そんな奈良田を自給自足で暮らす山人の里にすること。文化や風習を生かし、100人が暮らす早川町でもっとも人口の多い集落にしようと考えています。山人砦はその第一歩。壮大な計画の序章に過ぎないそうです。近いうちに宿泊者を対象にした山や川での体験を増やしていきたいと話していました。

奈良田はその地名の通り、奈良と縁の深い場所。婦人病に罹った第46代・孝謙天皇(718〜770年)が神のお告げで湯治に訪れ、乱世が収まるまでの8年間を過ごしたとされます。周辺とまったく異なる方言で、アクセントも京都・奈良に近い“奈良田ことば”は、孝謙天皇に随行した人々から広まったという説もあります。キウイサワーを飲みながらご夫妻の話を聞いていたら、1200年前のようにここでまた新しい奈良田の歴史が生まれる予感がしました。

山人砦にはリピーターが多く、コアな奈良田ファンは確実に増えているようです。たしかに一度泊まってあの食事を堪能し、静かな夜を過ごしたら、ほとんどの人は「もう一度泊まりたい」と思うはず。僕も次は家族で泊まりたいなぁ。皆さんもぜひ。東京から3時間ですばらしい世界が待っています。


毎年5月3日に行われる南アルプス早川山菜まつり、44回目を迎える2024年も早川の特産品がずらりと勢揃いします。ステージやイベントは盛りだくさんですが、山菜は早めに売れてしまうのでご来場はお早めに!


早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。


■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。




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