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【感想】NHK 歴史探偵「恐竜大国ニッポンの原点」を視聴しました

2024年7月10日(水)22:00~22:45 歴史探偵「恐竜大国ニッポンの原点」を視聴しました。

<NHKのあらすじ>
恐竜の存在が日本にはじめて紹介された明治時代、「ダイナソー」はなぜ「恐竜」と訳されたのか?
そこには古くから日本に伝わる竜神信仰の影響があった。
空想上の生き物とされる竜だが、なんと日本各地に「竜の骨」とされるものが伝わっていた!
果たして竜は実在していたのか!?
さらに調査を進めると、人々を争いから救い、村に平和をもたらす竜の驚くべき力が明らかに…。
恐竜ブームの背景にある日本人と竜をめぐる歴史物語。


■プロローグ

●スタジオで
佐藤所長「恐竜、みんな好きだよね」
恐竜という文字の中の竜に注目しました。

■日本人と恐竜の出会い そこに隠された秘密

ゴジラの原作を書いたのが香山滋さん
着想は恐竜図鑑からヒントを得たと言います。

●長崎市恐竜博物館
日本で3つめになる恐竜専門の博物館。
・中谷大輔さん
明治28年に発行された日本ではじめて「恐竜」が記された書籍『化石学教科書』です。
恐竜学の父・横山又次郎博士でした。
1842年、イギリスの解剖学者がダイナソーと名付けました。
横山博士帰国すると理科の教科書を一新し、ダイナソーを恐竜として紹介します。
不可解な和訳だったと言います。
・中谷さん「恐ろしいトカゲ、爬虫類という意味になります」
Dinosaur Denios(恐ろしく大きい)とSauros(トカゲ)を組み合わせた言葉です。
蜥蜴から「恐蜥(きょうせき)」、「恐蜴(きょうえき)」が候補になります。
しかし横山博士は恐竜という名称に強くこだわり、日本人に定着していったのです。

●なぜ竜なのか
諏訪神社(長崎市)
龍踊り、神秘性とロマンでした。
竜は水を支配する神として崇拝してきました。
竜神の滝(富山市)、龍の池(埼玉県鶴ヶ島市)、吉祥龍穴(奈良県室生寺)
「今いる生き物とは違う特別な生き物として架空の竜と組み合わせた」
「自然界への畏敬の念を竜という言葉に込めたのではないでしょうか」

●スタジオで
佐藤所長「トカゲだと軽くなっちゃう感じ、竜は強いイメージです」
畑中章宏さん(民俗学者)
「竜は紀元前に中国で生み出され、王権・国土を守護する存在で、弥生時代に伝わったと言われています」
「日本には古来、水神信仰があり、蛇、オロチとか、迫真性、共感しやすいものとして竜に置き換えていったと思われます」
本物の竜を見つけてしまったのです。

■かつて竜は実在?全国の竜伝説を調査

●千葉県栄町
・栄町イメージキャラクターの龍夢くん(どらむ)
・荒井信司さん
「町には龍伝説が残っていて、イメージキャラクターになっています」
「竜は雨を降らせることが特技です」

●龍角寺
竜にまつわるものが宝として受け継がれています。
竜の頭です。
なぜここに竜の頭があるのでしょうか?

●三つ裂きにされた優しい竜
奈良時代のこと、日照りが続き田畑が干上がり飢え死にを覚悟した。
一人の老人が現れ、龍だと言います。
老人は龍に姿を変えると天高く舞い上がり、雨を降らせ、この地は助かりました。
龍は神の怒りをかい、八つ裂きにされました。
龍角寺、龍腹寺、龍尾寺が建てられ今でも供養が現代まで続いています。

●埼玉秩父市
法雲寺
竜の骨は、全国各地に伝わります。
大津市歴史博物館
・高橋大樹さん
「神龍骨之図」
見つかった龍の骨を書き取らせたものです。
角が生え、鋭い牙が、腕の骨や、脊椎のようなものまで描かれています。

●市郎兵衛の掘り当てた竜骨
江戸時代のこと、市郎兵衛が山を開墾していると得体のしれない巨大な骨が。
これは龍の骨であると大騒ぎ、徳川家斉の耳にも入る一大事になり、市郎兵衛の子孫は龍を名乗りました。
・龍一郎さん一家
市郎兵衛の子孫です。
発見場所には、9世代前の先祖がここで「竜の骨」を見つけた時の、祠があります。
龍家に伝わる竜の骨の中にひとつ白く削られたような骨があります。
龍さん「削って煎じて飲んだと聞いています」

●スタジオで
佐藤所長「竜は居るね!という気になってきました」
スタジオに大津市で発掘されたと言われる竜の骨のレプリカを持ってきました。
畑中さん「市郎兵衛も同じように竜が実在したらいいなと、期待を込めてやったと思います」
絵巻「龍骨図」膳所藩が公式発表するために作ったものです。
佐藤所長「実際、何の骨?」
国立科学博物館で聞いてきました。

■竜の骨 その真相に迫る

甲能直樹さん(国立科学博物館)
「大量の食物を食べる、象、トウヨウゾウの化石だと考えられます」
様々な象が繁栄と絶滅を繰り返していました。
60万年から50万年前に生存していたのがトウヨウゾウ。
ギザギザの尖った歯を持つ珍しい象で、10歳前後の子象でした。
偶然が重なり龍のように見えたのです。

■地域の争いを解消 竜の底知れぬ力

●水害
千葉栄町布鎌地域
家や道路が3m高いところに造られています。
水害が多かった土地でした。
江戸時代の史料に記されていました。
「皆水損」と書かれています。
「5年、10年サイクルで頻繁に起きていたことがわかります」
利根川に囲まれているのが布鎌地域です。
地元には様々な知恵が残ります。
更に高いところに避難小屋や舟を用意する人も。
悩みは住民同士の争いです。
川が増水したとき水が入らないよう、各自守っていました。
しかし、いざ増水すると高い土地の人が自分を守ろうとし、低い地区の人が被害を被っていました。

●水害対策
・塩田一雄さん、中澤一夫さん、塩田安雄さん

●布鎌切り崩し物語
堤防が決壊した。
皆が寝静まった夜半頃、高い土地の人は静かに切り崩しにかかります。
それを見た低い地区の人は、親しげに話しかけ、お茶を振る舞うそうだ。
しかし、単なるお茶ではなく、材料はカエル、カエル茶でした。
相手が腹を下すように仕向けていたのです。

●惣社水神社
・山崎茂さん
竜を頂点に災害と戦うことをここに決めたのです。
毎年10月に行われる例大祭
布鎌の人たちがともに水害からの安全を祈願する地域の大切なお祭りです。

●スタジオで
佐藤所長「竜は心の中にいて、災害に立ち向かう原動力になったことがよくわかりました」
畑中さん「龍の伝説があるところには、過去に水害が起こった可能性が潜んでいるケースが多いのです」

ーーーおわりーーー

次回は「VR京都御所 平安ワンダーランド」7月17日(水)22時放送です。

■感想

龍神というのは、中国では国家、皇帝の象徴として描かれていますが、日本での龍は水の神としていたことがわかりました。
とはいえ、水の神になったのはそんなに古くなさそうです。
草薙剣が神話に登場するのも、八岐の大蛇であり、龍ではありません。
弥生時代、空想の生き物である龍のイメージが倭人には伝わっていなかったと思われます。
文字や絵画が登場して、龍のイメージが広がったのではないでしょうか。
それを後押ししたのが遣隋使や遣唐使であり、道教、仏教などでしょう。
それにしても言葉の力はすごいですね。
「恐竜」という文字を生み出した横山博士の発想が素晴らしいです。
恐蜥、恐蜴では誰も見向きもしなかったでしょうね。
ただし、普及はしたけど、すこし誤って伝えられたことは有るでしょうけど。


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