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今ではあり得ない1970年代の昭和時代の思い出(小学生低学年時代⑤)今となっては禁断の玩具の数々

昔の記憶をともに綴っていく子供時代の思い出です。1970年代後半から1980年代前半の時代の出来事を書いていきたいと思います。

さて、昭和時代といえば、いつになったら、あの話題を書くんだ!?と期待してくれていたコアなファン方もいらっしゃるかもしれません(そんな人はいないって😁)

ただ、一部人によっては、不快に感じる「昭和時代の虫やカエルなどに対してのちょっと残酷な表現」もありますので、そういうのが苦手な方は読まずに閉じることをお勧めします。


昭和時代の子供の定番?遊びグッズ

あの話題とは、昭和時代の子供達が当たり前のように遊んでいたグッズの数々です。あの頃は今の時代ならアウトなおもちゃが普通に売ってましたし、全子供人口の殆どがそれらを使って遊んでました。これもいいとか悪いとかじゃなくてそんな時代だったんです。

例えばこんなおもちゃ達です。

  • 昆虫採取キット

  • 爆竹

  • ロケット花火

他にも、おもちゃ以外になりますが、学校に持っていく筆箱には鉛筆削り用途でカッターが、冬場には空地で火遊びするために、夏場であれば花火をするためのライターかマッチ(理科の実験でも使った)があったりもしました。ちなみに私がが小学生高学年になった頃は自宅にアルコールランプをもっていて、それでよく実験という名の下の火遊びをしたものでした。

全部のエピソードを書いているとキリがないので、ここではいくつかに絞って書いていきたいと思います。

エピソード1 禁断の昆虫採取キット

小学校の頃の定番のおもちゃの1つが昆虫採取キットでした。当時確か200円くらいだったと思いますが、この昆虫採取キットは色んなところで売ってました。これが何なのかについては以下のリンク先の記事で詳しく紹介されていますが、子供の頃、このキット(の注射器)を使いたくて、買ったあとは公園や田んぼに繰り出して虫を探したものでした。

虫を探して何をするのかというと、まずはキットの赤い液、通称毒液をセミ、または田んぼで捕まえたイナゴやバッタとかに注射して、その後虫が動かなくなったら緑色の保存液を注射したのでした。本当はカブトムシやクワガタを捕まえたかったのですが中々いなくて。

ちなみに夏休みの自由研究では、このキットを使って段ボールなどの土台となる型紙に採取した数々の虫をピンで留めて標本として提出している友達も結構いたと記憶してます。今見たら残酷ですが、当時はそれが普通で、残酷なことをしているという感覚を持っている子供はいなかったと思います。

エピソード2 爆竹等の火薬系のおもちゃ

これも昭和時代の子供の定番でしたね。火薬を装填して音を鳴らす鉄砲のおもちゃ、そして爆竹など。特に爆竹は今考えるとひどいことをして遊んだものです。導火線に火をつけてそれを公園で投げて遊んだり、自分ではやりませんでしたが、虫やザリガニに爆竹をつけて爆発させたりしているやんちゃな子供も結構いました。

そして爆竹で遊んでいると、稀に手の中で爆竹を爆発させてしまって手を怪我するなんてこともありました。自分ではやったとこないですが1〜2回ほど当時の友人が怪我したことありました。

虫とかカエルを使った爆発遊びについては、当時でもそういうことに対しては、大分引いてしまう雰囲気もありましたが、やんちゃな子供にとっては一種の武勇伝みたいになってましたね。

とにかく昭和の時代は、身の回りの虫やカエルやザリガニは子供の玩具のような扱いでした。大きなウシガエルを捕まえた時には、わざわざ公園に持っていっておもちゃの人形のように遊んだりしました。

また、遊びではなく、こちらはきちんとした学習のはなしですが、我々が小学生の頃は、学校の理科の授業でも、(多分4年生くらいの時)にはカエルの解剖の実習があって、全員授業までにカエルを捕まえてきて、捕まえてきたカエルを使って実際に解剖とかってのがありました。 うちの子供に話をしたら、そんなの気持ち悪くて無理といってました。でも、当時はそれも普通だった時代でした。

ちなみに当時あまりにカエルでひどい遊びをしすぎて中学生にあがるくらいには、すっかりカエル嫌いになってました。カエルは今でもすごく苦手です。昨年シンガポールにいった時にたまたま現地の知り合いに連れて行ってもらった店がカエル料理の店で泣きそうになりました😂

エピソード3 ロケット花火など

夏になると近所の子供が集まって花火をしました。大体小学校高学年の子供が主体になって、そこに低学年の子供が一緒に入ってって感じでした。そして花火の中で人気だったのがロケット花火でした。このロケット花火、ただ火をつけて飛ばすんじゃなくて、手でもって飛ばしたり、空地で水平に飛ばしたり、ずいぶん危ない飛ばし方をして遊んでました。

今の時代、基本的に子供だけで花火で遊ぶなんてないですし、ロケット花火とかも見かけなくなりましたよね。

あと冒頭のほうでも書いていますが、とにかく子供だけで火を扱うことが多かったです。話は外れますが最近流行りのキャンプで熟練のキャンパーがいうじゃないですか?

「火を見ると落ち着くんだよね」

落ち着きはしなかったと思いますが、昭和時代の子供にとって、火遊びは楽しい遊びの1つでした。当時は住んでいたマンションの近くに大きな空地があって、その空地が一番の遊び場でした。夏は花火を、春は爆竹遊びを、冬は焚き火を、秋も枯れ草を燃やして遊んでましたっけ?

ちなみに小学校の頃、学校の誰かが古利根川の河原で火遊びしたら、それが河原の枯れ草に燃えうつって大変なことになったという話が全校集会か何かの時に出て流石に注意喚起が行われました。

きっとこんな話を自分の子供達以下の世代にすると引かれてしまうと思いますが(って、ここでそんな話を書いてますが)まあ、そんな時代だったんですね。

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