バックアップ
エッセイマガジン『傘はどこかに置いてきた』
事実に基づいたフィクションみたいなノンフィクションを書きたいと思って、「自分語りエッセイ」をはじめました。
詳しくはこちら→「エッセイnote、はじめました」
今回はほぼ無料です。
最後の有料エリアには、終わりの1文と、大事な写真を1枚おいてあります。
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いろんなものがシルバーのiPhone SEに詰まっていた。
写真も動画も、誰かとLINEで交わした他愛のない会話も。
いってしまえば外付けのメモリー、人間だから外付けの脳みそみたいなもんだ。電車に揺られる現代人はみんな、手のひらサイズの脳みそとにらめっこしている。
僕が迂闊だったのは、そんな2年半くらい使い古した脳みそを、まだ防水加工なんてされていない脳みそを、ちょっとした事故で水没させたことだった。
といっても、新しいスマホの購入費や手間を除けば、実はそこまで困らない人は多いのかもしれない。
LINEもTwitterもFacebookもGmailも全部インターネット上のアカウントだから、設定しなおせばこれまで通りに使える。
大事な写真は大体一眼レフで撮っているし、iPhoneの写真もたまにPCに移していたから、当時のiPhone5でこっそり撮った、NikonのD5300を構えるあの子の写真だって無事だ。
バックアップをまめに取っていなかった僕が失ったものといえば、今年の3月以降にiPhoneで撮った写真くらい。
そう思っていたところでハッとした。
メモ―――。
これが、すべて消えてしまった。そして一番のダメージになった。
僕にとっては一大事、クリティカルヒットだ。
***
自覚する程度にポエマーな僕は、
日々の生活の中で誰かに伝えたい気持ちだとか、鬱々とたまった感情だとか、そういうものを衝動的に、もしくは感傷的に綴ったりすることがしばしばあって、
それが、水没した手のひらサイズの脳みそに記憶されていたのだ。
新しいiPhoneを触っていて気付いたのは、メモはクラウド上やメールサーバーに保存されているのが普通だということ。
でもあろうことか、僕のメモはどこにもバックアップの無いiPhone本体に保存されていた。
その理由もこの一件で思い出した。はじめてのスマホとしてiPhoneを手に入れた高校3年生の僕は、そんな気恥しくて女々しいメモ群を「得体のしれないインターネッツ世界」に置いておくことに恐れをなし、わざわざ本体へのローカル保存を選んだのだ。
この選択が、怠惰な6年後の僕をゴールデンボンバー並みに女々しくしていることになる。
サッカーで上手くいかないときの愚痴、友達と電話して嬉しかった言葉、家族への感謝をいつかと思って書き残したこと、大事だった人とお別れしたときに溢れた想い、大きな失敗をして誰かを怒らせたときの言い訳、楽しかったデート帰りの夜道でスキップしそうな気持ち、
どれ一つとしてバックアップはなかった。新しいiPhoneは心なしか少し軽い。
***
生きていると毎日なにか失敗をして、その度に(女々しいので)結構へこむし、「ああ、15分前に戻りたい…」とよく考える。
けれど、それが実現したことはない。
人生には、いまのところバックアップ機能は無いらしい。
仮にあったところで多分、(iPhoneすらまともにバックアップできない)僕はバックアップを怠けて、また今みたいなやりどころのない切なさを抱えたりするんだろう。
大げさなことを言うが、そんな小さくもショッキングな出来事が起きたって、変わりなく今日は来ているし、おそらく明日も来る。
ユニクロで買った黒いダウンジャケットのポケットには、シルバーからゴールドに変わってしまったiPhoneが入っている。
そして、昨日も古いiPhoneもメモも戻ってくることはない。
でも戻ってこないものをたまに感傷的に思い出すくらい、いいじゃないか。
「僕、過去を振り返ることには興味がないんですよね。意味がないし時間の無駄じゃないですか。」とか講演できるほど強くない。たまにだから許してくれ。
メモのデータが消えてから、そこに書いていたことを自然と思い出そうとしている自分がいる。
大事なことは意外と思い出せるもので、どこかに浮遊している記憶をかき集めてほんとの脳に保存しなおしている感じが、弱っちい僕を一層ノスタルジックな気分にさせるのだ。
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