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雑記 −2021年1月5日の対話から−

ほんとは今朝、今年から始めよう(正確には再開させよう)としている朝の習慣「モーニングページ」について書く予定だったのだけど、昨日函館で高木桂佑くんや下沢杏奈と話をしたところ、そしてその後に頭の中で整理されていったことを書き落としておこうと思います。

体裁は整えません。雑記も雑記。とりあえずの交通整理ですが、もしよろしければどうぞ。


・・・


自分が将来どこで何をしていきたいのか

そのことを考えて、言葉にして、口にしてみる段階でかなり本質的、いや抽象的なものになっていった。

スポーツ、まちづくり、場づくり、地域のコミュニティ、リーダーシップ、チームづくり、ファシリテーション、目標設定と振り返り、アートやデザイン。興味の範囲は広い方だと思う。

そういったものを、一括りにしてくれるものが自分の中では「教育」なんだなと、最近気づきがあった。人が「学ぶ」ということに、関わっていきたい。

いまサッカークラブで子供たちに関わっていることも、社内でミーティングの進行をしていることも、毎週月曜の朝活イベントでの場やコミュニケーションのデザインも、これから振り返りのファシリテーションを学ぼうということも、目的の行き着く先は関わる「教育」につながっていく。


関わりをもってくれるあまねく人の「学び」に関わりたいなあという話に、「対象が多すぎてぼやけますね。教育ってなんですか?学ぶってなんですか?」という杏奈の交通整理。

なんだろう、教育、学び

大学時代にスポーツ心理学に関わっていたことがあって、この学問が社会に重要だなと感じたことを思い出して、繋がった。

あれは、自分が環境や他者、そして自分の内面とうまくやるための学問だと思っていた。

自分の中にある「学び」ってそういうことかもしれない。

社会(=地域、いまいる環境)との関わり
他者との関わり
自分自身との関わり

それをうまくできるようになること。

その先に何があるのか。ここを杏奈と話している時には出せなかったけど、

僕は目の前にいるその人の「能動性の発露」が見たいんだ

そこに向かっていく「学び」を作りたいのかもしれない。

それは、「学校の外での教育」だったり、「結果としての教育」だったりするのだと思う。それが起こる「場」を編みたい。


桂佑くんには「課題ベースというより、想いベースなんですかね」といってもらった。僕はきっとそうだ。見たい景色がある。広場と祭りと日常。ハレとケ。

杏奈が「社会に認められたいなって、思います?」と聞いて、

思わないことはないけど、少し違う気がした。

「好きな人たちに認められたいかな」

思っていることがそのままストンと降ろせた。僕の承認欲求は、社会ではなく憧れの人たちに向いている。憧れの行き着く先は、チームになって仕事をすることだと思っている。

だからかもしれない。「一緒にやろう」、「ここを使ってやれば良いよ」そんな風にいえる場や力を持ちたいから、遠くないうちに自分が代表の法人を持ちたいなと思っている。ハコとしての場は遅くとも35歳、法人は30歳が目標。

形はなんでもいいし、事業としてのWhatはそんなにこだわりがないというところは課題かもしれない。けれど、自分でハンドルを握って育てていける“代表作“、“代名詞”のようなものを作りたい。これは端から見たらミーハーなのかもしれないけれど、そこには根源的な想いがあるのだと思う。


もう一つの課題が、人生賭けてやる土地をどこにするか。

住んでみたい街はたくさんある。それを振り切って、決意を固めるくらいのストーリーにまだ出会えてない。その土地は自分で決めるものなのだろうか。巡り合わせを待っててもダメなのだろうか。

ここはもうしばらく、水戸で暮らしながら考えてみてもいいと思っている。

ただ、長野には好きな人たちがたくさんいるので、暮らしてみたい。


最後に杏奈に言われたのが、

つくりたいってイメージしてる場って、

いい意味で色がなさそうだから、入るハードルが低くて、

悪い意味でユーモア・ユニークさがないから、つまんない

その辺がすごく抽象的だと言われた。彼女が作っているものは、大切にしたい対象が明確に見えていて、そして色があるから、アンテナを立てたり中に入るハードルは高い。だからこそ面白いし、人が集う。


「対象が多過ぎて」という話に戻るのだけど、僕は「その土地に住む人」とか「ご近所さん」みたいな絞り方をしたいかもしれない。

そこで出会う人、集う人の能動性の発露は、街の暮らしを、自分や大切な人の暮らしを楽しく豊かにしてくれると信じている。

「まあ、とりあえず早く場を持った方が良さそうですね」

なんだかずっと思っていたことをサラッと言われて、そうだよなあと。これは2021年の方針の一つになる。


そういえば、杏奈は社会には認められたい、そうじゃないと応援してくれる人、一緒に暮らして付き合ってくれる仲間、そういう大事な人が浮かばれない(ニュアンス違ったらごめん)と言っていた。

ここ数日、代表として戦う彼女を垣間見る機会があって、思うところはあった。毎日が大小の対決の連続なのかもしれない。


その様子を見ていて沸いたのは、

一生懸命で、必死な人を応援したい

あなたがひとりにならないように、あなたの「大丈夫」になりたい

という想い。

最後のはちょっと、この前「天気の子」をテレビで見てRADWIMPSの主題歌に引っ張られているのかもしれない。

2021年1月6日 函館 わらじ荘にて


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