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「回路設計の段階から、部品調達を考えよう」スタートアップ向け電子基板製造ガイド

ハードウェアを制御するのに欠かせない電子基板。ブレッドボードやユニバーサル基板を用いたプロトタイピングを経て、製品で使う電子基板は業者に発注するのが一般的です。しかし、部品不足への対応や保守管理など、発注の前後にも注意すべきポイントが多々あります。

電子基板を本格的に生産する際には、どのようなことに気をつければ良いのでしょうか?プリント基板の設計から実装までカバーするEコマースサイト「P板.com」を運営する、ピーバンドットコムの赤木友治さんと宮坂俊明さんにご協力いただき、スタートアップが電子基板を作る際に抑えておきたいポイントについて伺いました。

ピーバンドットコム 執行役員 P板.com 事業部部長 宮坂俊明氏(右)、
マーケティング担当 赤木友治氏(左)

電子基板の制作フロー

電子基板を制作する大まかな流れは、下記のようなものになります。

  1. 基板設計:要件定義に基づき部品を選択し、部品ごとの接続関係を定義する回路図や、回路図に基づいた実物の配線パターン(アートワーク)などを設計する。

  2. 基板製造:基板設計ソフトから書き出したガーバーデータやドリルデータに基づいて、積層・穴開け・露光・メッキ等の手順を経て基板を製造する。

  3. 基板実装:基板に電子部品を実装して、実働する基板を完成させる。

出典:P板.comのウェブサイトより

設計、製造、実装のそれぞれを専門とする会社もありますが、ピーバンドットコムは国内外の協力工場と連携し、ワンストップで注文から納品までを行うサービスを展開しています。各段階で必要となるデータは、主に下記の通りです。

出典:P板.comのウェブサイトより

基板の発注は1枚からでもOK。初心者が始めやすい環境が整う

出典:P板.comのウェブサイトより

――ピーバンドットコムは電子基板製作の多様なフェーズに対応していますが、どのような利用者層が多いのでしょうか。

一般的なリジッド基板から、柔軟性のあるフレキシブル基板、放熱性の高いメタル放熱基板などにも対応しています。標準仕様のものは幅広く、特殊な用途のものは経験者の方々から、という具合に、設計・製造・実装それぞれのフェーズにおいて、広くご利用いただいています。

――基板は数枚単位からの製造も可能なのでしょうか?

一枚から対応しています。従来の基板制作では、試作であってもデータの編集や版の製作で高額なイニシャルコストがかかっていたのですが、製造工程の工夫によって、その費用を大きく減らすことができました。当社では気軽に繰り返し利用いただきたいので、試作用のイニシャルコストを実質無料という価格体系にしています。

最近はハードウェアエンジニアの数が減り、ソフトウェアを担当していた方が基板を作るケースも増えています。私たちはそういった方々でも発注しやすい価格設定や、回路図設計から伴走するサービスなどを構えることで、ものづくりのハードルを下げようとしています。基板設計のノウハウをWebサイトで積極的に公開しているのも、ブラックボックス化されていた知識をオープンにするためです。

――個人やスタートアップのような小規模な会社でも、基板を発注しやすい環境が整ってきているのですね。最近では中国や台湾など、海外にオンラインで基板を発注するケースも目にするようになりました。しかし、品質保証に対する不安や言語・商慣習の違いから量産段階では、海外サービスの利用に躊躇する方もいると聞きます。

そうですね。初期の原理試作には海外の企業を使い、製品化段階ではP板.comのサービスを利用する、といった使い分けをされるお客様もいらっしゃいます。

最初に決めるべきは「要らない機能」と「ユースケース」

――初心者や経験のない人が電子基板を作ろうとする場合、何から始めれば良いでしょうか。

まず押さえていただきたいのは「要らない機能」をはっきりさせることです。そうしないと、いたずらに機能が増え、コストが膨らんでしまいます。後から機能を追加する分には構わないのですが、要件定義をスムーズに進めて基板の完成に近付けるためには、スタートを広くしすぎないことが重要です。

――「要らない機能」の他には、どのようなことを決めておくと良いでしょうか?

制作をサポートする立場としては、ターゲット層も含む「ユースケース」を教えていただきたいです。そのプロダクトやサービスがどういう人に、どういう場面で使われて、どんな価値を提供するのか。それらが分かれば、私たちとしても部品の選定や実装面での工夫など、様々な提案ができます。また、似ているアイテムやサンプルなどを持ってきていただけると、そこから機能を足したり削ったりするような相談ができ、非常に進めやすくなります。

逆に、単純に「こういう機能が欲しい」「こういう仕様で作ってください」という依頼では、お手伝いできる範囲は狭くなります。ユースケースによっては、最初に想定していた仕様や形状でないほうが好ましいこともあるのですが、その部品や設計に至った前提が共有されていないと、そうした提案も行えないからです。

――プロダクトを作るのと同じように、その基板を作ろうとした背景や狙いをお伝えすると良いのですね。年間での売上見込みや開発スケジュールなども含めて相談すると、より良い結果につながりそうです。

そうですね。もちろん仕様が決まったものを作ることもありますが、プロジェクトに伴走することでうまく行くケースもあります。「もの」だけでなくその周辺の情報も教えていただくことで、仕様の提案や期間を考慮に入れた開発計画、数量を加味した部品の選定なども提案できる場合があります。私たちが基板の作り方を検討している間に、お客さまにはマーケティング活動をしていただくようなイメージで進められると、とても良い棲み分けになるのではないかと思います。

部品不足に備えるためにも早めの相談を

――世界的に半導体や電子部品の不足が問題になっています。電子基板を作るにあたって、対策できるポイントはあるのでしょうか。

基板を作る際、回路設計の段階で主要なデバイスが決まります。昔はそれほど調達性を気にせずとも良かったのですが、ここ数年で部品の枯渇が問題になり始めました。今では、回路設計の段階から部品の調達性を気にかける方が増えてきたと思います。

回路設計が完了しても、アートワーク設計や基板製造の段階で部品が入手できない状況に陥ると、手戻りが発生してしまいます。どうしても回路が変更できない場合には、部品が調達できるまで製造がストップしてしまうこともあり得ます。回路設計の段階から早めに相談いただき、用途やスケジュールを共有いただければ、部品の調達業者と連絡を取って早めに数量を確保しておく、といった対策が可能になります。

――部品不足に備えるためにも、プロフェッショナルに早くから相談しておくことが大事なのですね。

もしお客さまだけで部品選定や回路設計を行う際には、ECサイトで取り扱いのある部品を選ぶことをおすすめします。オンラインで扱われるほどポピュラーな部品であれば、コストはかさむかもしれませんが、物が作れなくなるという最悪のパターンは防ぎやすくなります。

――基板や部品の数量は多めに確保しておく方が良いのでしょうか?

基板自体は少量でも大量でも生産できますが、価格はどうしても電子部品に影響されます。リールでの大量販売前提の電子部品を少量で買おうとすると、単価が数倍になることもありますから、端数や必要になる全体量も考えて調整すると良いでしょう。また、必要な台数ピッタリで基板や部品を注文される方も多いのですが、保守管理も必要になりますから、いくらかの余剰分を上乗せすることを強く推奨しています。

こんなトラブルには要注意

最後に、スタートアップが起こしやすいミスと対策について伺いました。

発注のたびに見た目が全く同じ、とは限らない

同じ条件で発注すれば見た目も同じ基板ができると思われがちですが、製造ロットの都合によって、レジスト(基板表面に塗られる絶縁用のインク)の色が変わることなどはよく起きます。制作後にUV印刷などをかけて調整することもできるのですが、その分のコストが上乗せされてしまいます。キットとして販売するので色を揃えたい等の都合があれば、事前に相談いただきたいです。

オーバースペックにならないように気をつける

既存製品を活用したPoC(概念検証)の結果を共有いただくことがあるのですが、そのデバイスがオーバースペックなものだと、専用の基板に落とし込むまでに難航します。たとえば、高機能なスマートフォンiPhoneを使って成功したとしても、そこから要素を抽出して基板化するのはなかなか大変です。オーバースペックにならないためにも、やはり「要らない機能」を念頭に置いていただきたいです。

製造側の事情を知り、相談の余地を持つ

製造工場が持つ常識や慣習と、スタートアップ側の認識にギャップが生じることがあります。例えば部品実装の向きや高さ、角度などをイレギュラーな方式で揃えようとすると、その対応分のコストがかかってしまいます。こうした製造側の都合や慣習があることも想定し、相談できる余地を持った上でプロジェクトに臨んでいただくと、良い関係で進めていけるのではないでしょうか。

(取材・文:淺野義弘 / シンツウシン)

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