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【短編】 おじいちゃんバイク


ぼくのおじいちゃんはいつも、
「うーーうーー」
とひとりごとを言っている。

それがまるでバイクが走る音みたいだから、いつしかぼくは『おじいちゃんバイク』と命名した。

ぼくのおじいちゃんは優しいけれど、すぐに色んなことを忘れる。一緒にお風呂に入るとシャンプーとリンスがわかんなくなったり、僕に買ってくれるはずのおもちゃをそのまま持って帰ろうとしたりする。でも、会うたびにお菓子をくれたり、僕が近づくとおーーっとニカッと笑ってくれるのが嬉しくて、やっぱりおじいちゃんが好きだなぁと思う。

おじいちゃんバイクはバイクだから、ときどき信号待ちもする。誰かがおじいちゃんに話しかけると、もごもごと何か言ってからおじいちゃんバイクは少し止まる。それからしばらく経つと、また出発する。

うーーーーーー。

部屋に響く音が大きければ大きいほど、おじいちゃんバイク出発だ!と僕はこっそりテンションが上がる。

でも、お父さんとお母さんにはこのことを話していなかった。

お父さんは、おじいちゃんの話をすると、不機嫌になってお酒を飲み始めるから。
「ひきぎわまで面倒臭いジジイだよ、本当。」
よく言うお父さんの言葉は、何がひきぎわなのか、僕には分かるようでわからなかった。

お母さんは、お父さんとは違って怒ったりはしないけど、ときどきおじいちゃんを無視して僕にニコニコと話しかける時があった。お母さんが笑ってくれるのは嬉しいけど、なぜかその時のお母さんの笑顔は少しこわい気がする。

ある時、おじいちゃんが家からいなくなった。

『シセツ』に行ったのだと、お母さんはなぜかホッとしたように教えてくれた。

お母さんが言うには、シセツはみんなが幸せになれる場所らしい。

あるとき、お母さんがシセツに連れていってくれた。白くてピカピカした建物に、沢山のおじいちゃんと同じくらいの歳の人がいた。
「よく来てくれたね、はるとくん」
知らないお姉さんが迎えてくれる。
おじいちゃんのためのテーマパークみたいなところだなぁ、と思った。

久しぶりに会ったぼくのおじいちゃんは、いつもより元気がないように見えたけど、ニカッと笑っておーーっと頭をなでてくれた。
おじいちゃんバイクは健在で、なんならもっと大きな音をあげるようになっていた。

「おじいちゃん、いつもよりバイクも元気だねっ」って言うと、ぼくのおじいちゃんも迎えてくれたお姉さんも、なぜか近くにいたお兄さんたちも笑ってくれた。
「ハハッハッ、おうよぉ、元気、元気。」
「ほんと、おじいちゃん、元気だよねぇ。」
理由はわからないけど、楽しそうに笑う皆を見て、僕も少しだけ楽しくなってきた。

帰る前になんで笑ってたの?ってお姉さんに聞くと、周りを見わたして、こっそり教えてくれた。

「あのね、はるとくん。おじいちゃんも、お姉さんたちもね、ときどきいやなことだったり、悲しいことがあるの」

「おとなもいやなことがあるの?」

「あるよぉ。…ちょっとだけどね。でも大事なのはね、そういう時こそ、笑うの。些細なことでも、うれしいことを見つけて、みんなで一緒に笑うから、元気になるの。それが苦しいなって思った時でも、幸せになるための、一歩なんだよ。」

「だからね、はるとくん。さっき、はるとくんの言葉で、はるとくんのおじいちゃんが元気だなぁ、嬉しいなぁって皆が気づいて喜んでくれたから、笑ったんだよ。」 

おじいちゃんはたぶん、シセツのみんなに好きになって貰えてるんだなと思って、少し涙が出そうになって、でもそれを知られたくなくて、上を向いた。

家に帰ると、お母さんがハンバーグを作ってくれた。ハンバーグの隣には、大好きなポテトサラダものっていた。お父さんもお酒を飲んではいたけど、すごく元気だった。
「お母さんもお父さんもだいすきだよ。」
僕がそう言うと、二人はふくわらいみたいにほろほろしたかおで笑った。

その夜、絵本を読み聞かせてくれるお母さんの声はふんわりと優しかった。部屋は暗いけど、布団があったかくて、まだ寝たくないなぁなんてぼんやりと思いながら、ゆめに包まれるみたいにぼくは眠った。






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