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不注意改善のためのモノを不注意でなくしそう


“これはガチレスなんですが、厚生労働省様、自立支援医療受給者証を財布サイズにしていただけませんでしょうか。
サイズが大きいため、別のポーチに入れているとよく忘れます。”


家に財布やらを忘れてしまう発達障害の35歳女性/議論メシ編集部

そ れ な …… !!!!!!

はじめて手元に届いたとき、同じことめっちゃ思った。
ただ財布に入れていて財布ごと失くしてめちゃくちゃ厄介なことになる未来も同時に見えた。

個人的には大きくて財布に入らないことがリスク低下に役立っている気がしているので今のサイズでいいかな。
むしろ返却されたタイミングでうっかり財布にしまってしまいそうになるコンサータの患者カードを大きく厚くしてほしいくらい。
せめてペラペラの紙ではなくプラスチックカードにしてもらいたい……今のところ何とかなっているが絶対に汚すか失くすかするんだよ……時間の問題だよぉ…………

なお記事トップの写真はこちらのnoteからいただいている。
この方のカード、角も折れていないし汚れも見えないしめちゃくちゃえらいな!?
尊敬するわ。

友人の看護師にも薬剤師にも「こういうのwwww失くすからww医療に助けを求めてんのにwwwwwww」という話をする。
看護師①は「それね……どうにか別の方法にかえられたらいいのにねえ……」と同情的だった。
看護師②は「残薬管理とかもなwそういうの苦手なんだろうなとは察するwwこっちも面倒だって思ってるわ正直wwww」と一緒に笑った。
薬剤師①は「実際、紛失しましたとか忘れましたとかって患者さんおるよ」とこぼしていた。
だろうよ。


学生証は失くしすぎて再発行の玄人になった。
失くさないようにはできないので、諸々失くしたあとのリカバリを迅速にできるように成長しました。成長なのか?

クレカは1回やった。財布ごと無くした。
財布には運転免許証と保険証も入っていたのだけれど、クレカ止めたあと見つかったので戻ってきて再発行なし。
定期は社会人になってから3回? 学生時代もカウントしたらたぶん5,6回。
パスポートは持っていない。海外旅行の予定は無いのでおそらく今後も作らない。
マイナンバーカードは!なんと!奇跡的に失くしたことがない。
社員証は報告書&始末書つくりかけているところに先輩が持ってきてくれた。


紛失大魔神たるぼくとしては驚異的なことに、
今のところ自立支援医療受給者証を失くしたことはない
手帳サイズだからかな、と思う。上限額管理票が入っているビニールのカバーに挟んで持ち運んでいる。ちょうどぴったりの大きさになっているからね。
ここに患者カードも揃えられたらいいんだけどなぁ。
そもそもコンサータの流通管理システムが保険証か何かと連動してくれればいいのに

ぼくは上限額管理票を軸に、診察セットを作っている。
上限額管理票
→上限額管理票のカバーに挟み込んだ自立支援医療受給者証
→上限額管理票とまとめたマルチケース
 →ケース内に精神科の診察券
 →ケース内に保険証
 →ケース内に次回の診察日時をメモした紙
 →ケース内に現金
→上限額管理票とまとめたおくすり手帳
という構成。

管理表・ケース・手帳を束ねているのは事務用品の輪ゴムだったり、クリップだったりする。
外すたびに失くすから変わるのだが、「ここを留めるのはコレ」と
決めてしまうとその器具を失くしたあとで新調するまで留めずに過ごしてしまうことになり、結果として新調することを忘れて全部失くしそうだから。まとまっていれば何でもいいということにしている。
現金も似たような理由で「○○円入れておく」にすると管理が億劫になってすべて投げ出してしまう気しかしないため、思い出したら千円札2枚くらい突っ込んでおくというざっくり運用でどうにかしている。
財布は別に持っているので、ないと絶対に困るものではないのだけれど
たまにATMの時間外手数料を払う羽目になるからだ。つまり前もって診察料・薬代を用意できていた日は使わないで残しておく現金だ。
なお毎月の通院で2回に1回くらい銀行に行き忘れており、忘れたうち3回に1回くらいは手持ちがない。つまり半年に1度ペースでこの現金に助けられている。

この束を、雑にランチトートにつっこんでいる。
とりあえずコレ持っとけばいいでしょセットだ。

精神科以外の医療機関に行くために保険証が必要なときもフルセットを持っていく
なぜなら抜き出した保険証を戻し忘れて詰むからだ!!!!
前科多犯!!!!!!


これを #習慣にしていること で全ての忘れ物が解決するわけではないが
100点中25点を61点くらいに持っていければ上出来だよね、というつもり。


余談

先日夫からパスケースを貰っており、失くしたくないので戦々恐々としています。
そもそも「あげたい」「うけとってもらえて嬉しい」でぼくの喜びは完結しているため、ぼくがプレゼントしたモノについてその後の扱いは感慨に影響のあるものではない。特に希望する待遇もない。言ってみれば興味もない。

の、だけれど!
夫は(というかおそらく『普通』の衆らは)、贈ったモノが失くなったり壊れたりすると悲しいようだ。

不思議な延長だ。
『普通』の人間の自我の範囲、しばしば驚くほど広いわよね。すごい。
共感や納得は全くできないが、ぼくはぼくの好きなひとが悲しんでいる状態をよしとしないので、パスケースは失くしたくない。


電車乗るのやめようかな…………でも使ってほしいとも言われてんだよな……ぼくがぼくとして生きている限り、物体はいずれ失くされるのだけれど………………


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