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年相応なはなし

2022年8月24日の文

「なに、一般論っていうの?みんなに言われるでしょ、とりあえず高校は行っときなって。」

はぁ。そうなんですか。

生ぬるいスムージーを啜りながらかっこよさげにそんな言葉を言う目の前の人を見ていた。
このスムージー、あんま美味くないな。
いちごバナナスムージーなんかじゃなくて、素直にバナナスムージーにするべきだった。
ちょっと試みたい気持ちでバナナを裏切ったのが良くなかったのか。

そんなことを考えながら、オシャレなグラスに結露した水を指に滴らせていた。
長いな。


人と話すために外に出ることが増え、今回も例外なく少し嫌なドキドキを味わいながらぽっかりと空洞になったような頭でファミレスに向かって歩いた。

アドバイス、という体の上から目線、分かってる側目線を感じながら、淀んだものが脳に入っていくのを感じていた。
脳みそが気持ち悪くなってきた。


「僕、高校を退学することにして。」
最近話す人にはまずその報告みたいなことをしていたから、今回の人にもそのことを話した。

探るようなじっとりとした目。
あけすけに軽んじられているわけではないけど、対等な立場として話していないことは伝わってくる心地の悪さ。
この人は今、僕の何を"判断"してるんだろう。
僕は別に、あなたが話したいというからここに来ただけで、あなたの意見もアドバイスも何も求めてはいないのだけど。
そんなことを思いながら、はぁ、と乾いた相槌を打って話を聞いた。

僕は退学を決めてから、人にそのことについて話して、報告したりしていた。
そのなかでは、僕にとって少し嫌な反応をする人はいたけれど、「とりあえず高校は行っときなよ」という人は一人もいなかった。

とりあえず、ね。
僕はそのリスクを背負わないように、大きな怪我をしないように自分の心身の感覚を軽んじることをしたくなくて、退学、を選んだんだけど。
相変わらず僕に鎌をかけるようなことを言いながら、「自分が決めたことならいいんじゃない?」「将来どんなふうになってたいとかあるの?家庭を持ちたいとか持ちたくないとかさ。俺は〜」
優しさでもなんでもない気持ちの悪い言葉を吐くその口を見た。
この人の気、なんだろう、重いっていうか、沈み込むっていうか、まるで3時間睡眠のあとのつまらなくて暑い授業中みたいな吐き気が溜まる。
嫌な気だな。
好きじゃない。

退学することを伝えた同世代の友人たちは大概、「その後どうするの?」と聞いた。
「こういうボランティア募集があって応募してる」というと、「へぇ。それが終わったらどうするの?」と。
はぁ。
どうするのどうするの。
まるで、「そんな行き当たりばったりで生きてて大丈夫?将来後悔するんじゃない?資格とる勉強でもしながらチェーン店でアルバイトしたら?生きていけなくなるよ?」みたいな顔。

なんで、自分が幸せだと思う在り方をしたい、と言ったらリアリストまがいのことを言われて浅い人間だとでも言われなければいけないのか。
夢想家じゃないよ、僕は。
別に怒っているわけではないけれど、疲れたな、と思った。


昔やっていた習いごとの先輩と、お茶をする機会があった。
その人は中学二年生から学校に行かなくなって、その後通信制高校に入学して3年間過ごし、大学を受験して、そしてその大学をやめてもう一度受験しようとしている人だった。
その人に、僕が退学することを伝えた。
「かっこいぃ…かっこいいね。」
と、その先輩は一言目にそう言った。
僕はその言葉にでへへ、と鼻の下を伸ばしていい気になっていた。
我ながら単純。


ファミレスから帰ってきて疲弊した脳みそを湯につけた。
親さんと夕飯を作りながら話している中で、先輩のその言葉を、改めて考えていた。

「とりあえず高校は行っといたら?」
という人。
「その後どうするの?」
という同級生。
なんのメリットがあってそんなことをするんだ、と、理解ができないという目で見てくる人たち。

そしてその先輩の、「かっこいいね」。
あぁ、そっか。

先輩があの時、自分は高校時代、駅で女子高生とすれ違う度に劣等感を感じていたと話しながら、4歳年下の僕が退学することを「かっこいい」と言ってくれたのは、理解してくれていたからなんだ。
僕の見てきたものを、考えてきたことを、先輩は僕の目から見てくれたのかもしれない。

僕がなんで退学を選んだのか。
それに、何があって、僕が何を乗り越えて、何を考えて、そしてそれを伝えたのか。
それをその先輩は、僕を見て、僕が退学すると言ったそれで、みて、「かっこいい」と言ってくれたんだ。
きっと先輩も、僕と同じようなことをずっと考えている人だったから。

なんだよ。
先輩の方が100億倍かっけぇじゃん。
めちゃくちゃかっこいいのは先輩の方じゃんか。
僕なんて褒められて鼻の下伸ばしていい気になってただけだよ。
やさしいなぁ。



水の中にいた。
水の中には、他にもたくさんの人がいる。
同級生たちがちらちらと僕に目をよこし、怪訝な顔をしている。
水から上がったところに草原があって、そこにあの綺麗な顔と目をした人がいて、ほんとうに綺麗な笑顔で僕のことを見ている。
いつかあの人のことを残したい。
でもきっと、もう自分の中に残ってる。
森の方には、僕の大好きなあの人もいる。
あの日、僕が乗り越えることを決めた日に「いい顔になった」と言ってくれたあの人がいる。
横には、僕は目の奥が光ってるから大丈夫だと言ってくれた先輩がいる。
ちょっと怖かったけど、やさしかったな。
先輩の足は水に浸っていた。
僕は水から上がった。
体は濡れている。
だけど、吹く風が気持ちよくて、ふわふわとくすぐったくて、あぁ、僕はここにきたくて、ようやく水からでられたんだと思った。
同級生たちが、思うことがあるように水に浸かってる。
おいでよ、と言っても、僕では声は届かない。
それに、汚泥まみれの水の中でヌルヌル滑る手を絡ませて蔦を切るのはなかなか大変だったから、きっと来ようとしても来れない。
ていうか、僕の足にもまだついてるし。
簡単じゃないね、もっと楽でいいとも思うけど。

背中を見ていてくれる先輩と、手を伸ばしてこようとするファミレスの人。

僕は濡れたままの体で、今のことを話そうと思った。
僕のままのからだで。

ずっと、なにかしてなきゃいけないの。
「そうじゃないと生きていけない」ループから、僕は抜け出したいんだよ。
僕は僕のままであって、生涯通してプラマイゼロなまま生きているから。
後手に回らそうとしてくる手をどけることに決めたんだよ。


何も分からないこの世界で、何が起こるかも分からないのに、死ぬまでの人生設計を立てろと言われるのが嫌いだった。
計画を立てろ、一ヶ月後に達成すること、なりたいことを逆算しろ、1年後、3年後、5年後、10年後を考えろ、老後を考えろ、家庭を考えろ、考えろ、考えろ。
ねぇ、行き当たりばったりで生きてるのは、僕だけじゃないんじゃないの。

「人生はいつまでたっても何かに追われ続けるものなんだ」と、達観したような顔で諭してきたあなたのような人生の感じ方をしたくないから、僕は、生き方を探すことを決めた。
だからもう少し僕の体が乾いたら、また話をしよう。
多分僕は、その時も拙いのだろう。


体はまだ濡れているけど、だから感じる全てを愛していたいよ。
君に幸せになって欲しい。
ざまぁみろとか言いたくないし。
味方でいたいよ。
10年後は何も保証できないけどね!
何が起こってもおかしくないし、永遠じゃないからこんなに生きてるんじゃん。

それでいいんだよ。
こういう、年相応な馬鹿さ加減が、かわいいじゃんね。


至らない至らない至らない、
恥ずかしい人間でよかったと思うよ。
今は。






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