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本当に読んでますか(ショートショート)

  ホーム画面。私は次々と更新されていくフォロワー達の投稿に、ハートを押していく。

 フォローという繋がりは一種の利害関係である。自分の投稿を評価して貰う代わりに、相手の作品も読まなくてはならない。ただし、数千人のフォロワーの作品を読むことなんて現実的に不可能だ。だから、私は片っ端からハートのマークだけをタップする。

 ある日、私の投稿にコメントがついた。

「私の投稿、読んでますか?」

  何処かで見たことのあるアイコンからだった。だか、恐らく投稿には目を通していない。しかしそこは、

「読んでますよ。とても面白いです。」
と返しておく。

すると、更に返信が来た。

 「じゃあ、私の名前を言ってみてください。」

  何を言っているんだと、プロフィールを見ると「名無し」という名前だった。下らない質問をするために今さっき変えたのだろうか。それとも前からこの名前だったのか、私には見当がつかない。

 コメント主はどうやら小説を投稿しているようだった。だが、フォローもフォロワーも数十人規模、むしろこの程度で私に投稿が読まれていると本気で思っていたのだろうか。私は気味が悪くなって、フォローを外した。


「ねえ、私の話聞いてる?」

  デート中のカフェで彼女はそう聞いてきた。私がフォロー返しのためにスマホを弄っているためだろう。

「聞いてるよ。」

 何処かの誰かにハートを送りながらそう答えておいた。

 「ねえ、私のことスキ?」

 彼女は唐突にそう聞いてきた。

  君のことは、こんな架空のハートマークと比べ物にならないぐらいスキに決まっているじゃないか。だから、休日のデートにも付き合ってるし、君の趣味に合わせるため小説だって読み始めた。

 「ねえ、私のこと見てる?」

 そう質問されて、私は初めて顔を上げた。

 彼女は自分の顔を隠すようにスマホを掲げていた。その画面に写っていたのは、昨日見たアイコンと「名無し」という名前が載っていた。

「ああ...。」

私は咄嗟に言葉を絞り出そうとしたが、なにも出てこない。

「ねえ、貴方は自分の名前を覚えてる?」

そう言って彼女は店を出ていってしまった。

  なんだその質問は。名前なんて忘れるわけがないだろう。私は、自身の存在証明が載っているスマホに目を向けた。

  しかし、期待していたものはそこになかった。私のアカウント名はいつの間にか「名無し」になっていたのだ。それと同時に、私は自分の本当の名前が思い出せないことに気が付いた。

  私は記憶の手がかりを探すために、自分の投稿を読み返してみる。

  嘘と矛盾、読者を喜ばせるために書かれたその中に私の姿は見つからなかった。だから、私は真実を投稿してみた。

『自分の名前を忘れてしまいました。誰か覚えている人はいますか?』

  瞬く間に、大量のハートで埋め尽くされる。

 だが誰も私の投稿を読んではいない。

最後まで読んでくれてありがとうございます