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No.

 目が覚めて、朝の占いを確認する。
 今日のラッキーナンバーは1だった。たしか昨日は5だったはずだ。ここ最近、自分が何をしているのか、記憶があいまいになることが多い。俺は俺自身の存在を信じるために、朝の占いを見るのが日課になっていた。だが、俺という存在にどれほど価値があるのだろうとも思う。自分が何をしているのか。たとえ記憶がなくなったとしても、それは分かり切っていることだ。会社に行って、仕事をして、家に帰って寝る。占いを見ることが日課なら、この面白みもなく繰り返す毎日も、ただの日課で埋めつくされている。占いの結果が毎朝変わっても、俺の人生は何も変わらない。俺は会社に行って、仕事をして、家に帰って寝た。

 目が覚めて、朝の占いを確認する。
 今日のラッキーナンバーは3だった。
 たしか昨日は1だったはずだ。今日も昨日と同じように、革靴を履いて、会社に出かける。満員電車に乗ると、自分という存在が溶けて、周囲と混ざり合い、消えて無くなったような感覚に陥る。しかし、それは安心感の表れのような気がした。
 たしか昨日も3だったはずだ。今日は久しぶりの休みだった。スニーカーを履いて、公園へ向かう。なんとなく、走りたい気分だった。だが、数年ぶりのランニングは予想以上に息があがる。俺の知らない間に、俺自身は日々変わっていたのだと実感した。
 たしか昨日は8だったはずだ。俺は会社をサボってみることにした。俺は裸足のままだ。靴を履かないんだから、靴下を履く必要もない。あらゆることが億劫なのだ。しかし、サボったところで何をすればいいのだろう。誰かに指図されるのはウンザリだったが、俺がするべきことを、誰かに教えてもらいたかった。

 昼になった。俺は社員食堂で、日替わり定食を頼む。今日はしょうが焼きだった。昨日のメニューが何だったのかは思い出せない。休憩時間に同僚と他愛もない話をする。しかし、互いに話のネタはとうに尽きている。繰り返す日々の中に、新しい発見などないからだ。俺たちはすでに語りつくしている話題を、さも目新しいように、さも楽しそうに話し合うふりをする。
 昼になった。俺は近くの喫茶店で、サンドイッチとコーヒーを注文した。外で昼食を取ることも久々だった。デザートを注文するか悩んだが、俺はもう少しやせた方がいいと、十分に思い知らされたのでやめておく。代わりに、午後はランニングシューズでも買いにいこうと思った。
 昼になった。俺はデリバリーでピザを注文すると、またすぐに携帯の電源を切った。会社から電話がかかってくることが怖かったからではない。かかってこないことの方が怖くなっていたのだ。俺がいなくても仕事は回っているかもしれない。いや、俺がいない方が上手くいっているかもしれない。することもなく、そんな妄想ばかりしていた。

 窓の外を見ると満月が浮かんでいた。俺はコンビニで買ってきた弁当をもそもそと食べる。今日も変わりばえのしない一日が過ぎ去っていった。明日は何か起こるだろうか。いや、起こらないだろう。日常とはこういうものなのだから。俺はシャワーを浴びると、ベッドに入って寝た。
 窓の外を見ると満月が浮かんでいた。今晩のおかずはコロッケだ。隣町の商店街で買ってきた。行きは電車で向かったが、帰りは買ったばかりのシューズに履き替えて走った。明日からは仕事終わりのランニングを日課に入れてもいいかもしれない。俺は充実感に包まれながら、ぐっすりと眠った。
 窓の外を見ると満月が浮かんでいた。俺はすでにベッドで横になっていた。子どもの頃から変わっていないと思った。しんどくなって学校を休むと、その次の日がさらに辛くなる。いっそ首でも切ってもらえば、首を吊らなくてすむのに。くだらないことばかり考えて、なかなか寝付けなかった。
 
 目が覚めて、朝の占いを見る。
 今日のラッキーナンバーは7だった。
 昨日は9だったはずだ。
 昨日は3だったはずだ。
 昨日は1だったはずだ。
 昨日は4だったはずだ。
 昨日は7だったはずだ。
 昨日も7だったはずだ。
 昨日は8だったはずだ。

 俺は革靴を履いて、会社に出かけた。
 俺はシューズを持って、少し早めに家を出た。
 俺は裸足のまま、二度寝をしにベットに戻った。
 俺は紺のスニーカーに決めて、いそいそと家を出た。
 俺はピンクのハイヒールに着替え、出かける前に姿見鏡をもう一度見た。
 俺は靴にナイフを仕込み終えると、任務をこなしに玄関を開けた。
 俺は草履を身に着けて、山へ芝刈りにでかけた。 

 俺は満員電車に乗った。いつも通り混んでる。
 俺は普段よりも早い時間に電車に乗った。人がまばらで快適だった。
 俺はすんなりと眠ることができた。昨夜から寝不足だったからだろう。
 俺は待ち合わせの場所にやってきた。彼女はまだ来ていない。
 俺は緊張した面持ちで通りを歩いていた。足元がスース―する。
 俺は標的を遠巻きに眺めた。どうやら奴は変装しているようだ。
 俺は山で光る竹を見つけ、筒の中をのぞいてみた。

 昼になると、俺はンコインのしょうが焼き定食を注文した。
 昼になると、俺は同僚を誘って近くの定食屋に向かった。
 昼になると、俺はいびきをかいて熟睡していた。
 昼になると、俺は彼女とレストランでランチを楽しんだ。
 昼になると、俺は声を出さずにメニュー表を指さした。
 昼になると、俺は標的を監視しながら、コーヒーを啜った。
 昼になると、俺は弁当を開いた。おむすびがころころ坂を転がった。

 俺はパソコンに向かって、つまらない仕事をこなした。
 俺は仕事を早めに片付け、周りの仕事を手伝ってやった。
 俺はまどろみの中にいた。携帯へ着信はなかった。
 俺は彼女と手をつないで、遊園地を回った。
 俺はふさがっていない左手で、ずれたウィッグを直していた。
 俺はメリーゴーランドに揺られながら、標的の背中を追った。
 俺はいじめられているカメを助けて、竜宮城へと旅立った。
 
 空に月が浮かんでいた。俺は一人でコンビニ弁当を食べた。
 空に月が浮かんでいた。俺は仕事帰りに河原を走りこんだ。
 空に月が浮かんでいた。俺は寝っているふりをした。
 空に月が浮かんでいた。俺は彼女に決まり文句をいった。
 空に月が浮かんでいた。俺は口元に三日月をつくった。
 空に月が浮かんでいた。俺は標的と二人きりになる瞬間を待った。
 空に月が浮かんでいた。俺は月でウサギ踊らされていた。

 俺は明日も今日と同じだろうと、目をつむった。
 俺は明日はいい日になるだろうと、まぶたを閉じた。
 俺は眠ることもできず、この世の終わりが明日ならいいのにと願った。
 俺はホテルの一室で、愛を囁き合った。
 俺はハイヒールを脱いで、ベッドに入った。
 俺は標的を刺し殺すと、夜の闇の中へと消えた。
 俺は母が作った物語を聞いている内に、すやすやと眠っていた。

 目が覚めて、朝の占いを見る。
 今日のラッキーナンバーは0

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